2019/09/17 物理学

近頃、日記の更新が滞っている。 これは、別途公開予定の物理学テキストを書くのに時間を費しているからである。

現在、多くの大学の医学科では入試に生物学が必須ではなく、理科は、たとえば物理学と化学のみで受験できる大学が多いのではないかと思う。 結果として、新入生の多くは生物学の素人である一方、物理学の初歩は修めた状態であることが多い。 これ自体は、良いことだと思う。 入学後に、生物学は否応なしに勉強することになるのだから、何も、入学時点で既に生物学に詳しくなっている必要はない。 むしろ、物理学を全く知らぬ状態で医師になる方が問題である。 しかし現在、多くの高等学校では、本当にキチンとした物理学は教えていないのではないか。 大学入試に出てくるような問題を解くための方法は教えても、学問としての物理学は、修めていないように思われる。

名古屋大学医学科を卒業した某君から聴いた話である。 彼が 4 年生として臨床検査医学の講義を受けた時のことである。 講義の終わり際に、某病理学教授は「何か質問はないか」と学生に問うた。 誰も挙手をしなかったので、教授は続けて 「学ぶということは、問いを発するということである。何も質問がないということは、はたして、諸君は何かを学んだといえるのだろうか。」 と、学生達を優しく叱った。 すると、このまま黙っていては名古屋大学の名誉が傷つく、とばかりに一人の学生が挙手し、教授の見識に挑むような質問を発したという。

高等学校で物理を学んだ諸君であれば、万有引力の法則だとか、加速度と力の関係だとか、振り子の運動だとか、そういった知識は持っているであろう。 しかし諸君は、はたして、それらの知識に対し充分に批判的吟味を加えた上で、我がものとしたのだろうか。問いを発しつつ、物理学を修めたのだろうか。 万有引力が距離の 2 乗に反比例するという事実を、本当に心の底から納得して受け入れたのだろうか。 教科書に書いてあるから、センセイがそう言っていたから、と、安易に「それが正しいのだ」と認めてはいないだろうか。 その結果、物理学は無味乾燥でつまらないものに感じられ、ただ受験競争を突破するための道具として認識されてはいないだろうか。

物理学を知らないということは、物事を論理的に考え現象を合理的に理解することができないということである。 だから、物理学を知らない学生は、アンチョコ本に書いてあるインチキ説明をインチキと看破することができない。 実際、医学科の学生の中に、流体の運動と圧力の関係についてキチンと説明できる者は、ほとんどいない。 アンチョコ本の怪しげな説明を受け売りすることしか、できないのである。

そこで私は、医学科の学生や若い医師を想定読者として、新しい物理学の教科書を著すことにした。 なるべく速く書こうとは思うが、完成までに何ヶ月かかるか、あるいは何年かかるか、わからぬ。

私は一応は物理学を修めた身であるが、それでも、書くとなると、わからないことがたくさん、でてくる。 古い文献を確認しなければならないことも多い。 なかなか、日記にまで手がまわっていないのだが、なるべく、この日記も続けようとは思っている。


2019/09/10 医療者の安全について

少し間があいてしまった。 統計の話を続けたいのだが、その前に、今日は臨床医療における安全確保の話をしよう。

医療者の中には、安全、特に感染防護について、意識の低い者がいる。 たとえば患者体液の付着したものを触る場合や、触る可能性がある場合には、手袋を着用するのが常識である。 具体的には患者の尿が入った容器を運ぶだとか、ガーゼを交換するだとか、あるいは注射針を刺すだとか、そういった場合のことである。 また、患者血液が飛びはねる恐れがあるような処置や手術を行う場合には、フェイスガードやゴーグルを使用して自分の顔面を守るのは当然である。 ところが、それが充分に実施されていないのである。

医療者の中には、手袋などの保護具を使用しない理由について「時間がないから」「急いでいたから」などと言い訳する者がいる。 患者が急変し、それに咄嗟に対応したために、手袋やゴーグルを着用する余裕がなかった、などというのである。 しかし、それは、理由にならない。

そもそも、本当に時間がなかったのか。 手袋をつけるのは、5 秒でできる。ゴーグルも、事前に準備さえしてあれば 3 秒でつけられる。本当に、その 8 秒を確保することができなかったのか。 その 8 秒が患者の生死を分けるなどという事態が、それほど頻繁に、あるものだろうか。

あるいは、患者が多すぎて 8 秒の時間も惜しい、と弁明する者もいるかもしれぬ。 しかし、手袋を着ける時間すらないというのであれば、勤務体系がおかしいのであって、やはり、安全確保を疎かにする理由にならない。

そもそも、医師にも看護師にも、自分の身の安全を犠牲にしてまで患者を救命する義務はない。 安全のために手袋を着用し、そのために処置の開始が 5 秒遅れ、結果として患者が死亡したとしても、それは医師の責任ではない。 一方、手袋をせずに処置を行い、結果として自分がヒト免疫不全ウイルス (human immunodeficiency virus; HIV) に感染したとすれば、 それは仕方のない事故ではなく、単に自身の不注意と怠慢による自傷行為に過ぎない。 さらに、そのまま他の患者に HIV を感染させたとすれば、業務上過失致死傷であって、犯罪である。

患者が多すぎるというのなら、受け入れ患者を減らせば良い。病床の数を減らし、外来の枠を減らすのである。 医師には応召義務があるが、医師や看護師の数が足りないなどの正当な理由がある場合には、診療を拒否することは違法ではない。 むろん、諸君が善意や使命感から全ての患者を受け入れ、休日や余暇を削って診療に邁進するのは自由である。 しかし、多くの患者を受け入れるために安全確保を怠り、結果として自身と周囲の人々を危険に曝すことは許されない。

そうは言っても、雇われ医師、雇われ看護師の身分では、どうしようもないではないか、と弁明する者もいるだろう。 恥を知るべきである。 医師として、看護師としての誇りを、どこに置いてきたのか。 あるいは、危険を冒して患者のために尽くす自分に酔っているのか。


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