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博士課程 11 年目の 41 歳 〜病理専門医の医学日記〜 (2023 年度)

2024/03/25 減俸 10% for ever

3 日前に給与の話を書いたが、今日は、その続きを書こう。

私の北陸医大 (仮) における給与は月 27 万円ないし 28 万円程度、賞与なし、住宅手当なし、通勤手当なしで、2020 年実績では年 326 万円であった。2018 年度、つまり私の病理医一年目の年には、私は県内の某民間病院と、隣県の県立病院とに、月 2 回ずつ非常勤医として出向いていた。いずれも常勤の病理指導医がいる病院であり、私は業務を少し手伝いながら、指導を受けていた。これらの病院からは、いずれも日当 7 万円を受け取っており、業務内容に比して非常に高給であった。過剰であった、といってもよい。結果として、私は月収 55 万円程度となり、市中病院の常勤病理医よりは低収入であるが、世間一般の大卒 3 年目よりはかなりの高給取りであったと思う。

私が病理医二年目となる 2019 年度に、我々の病理学教室に新しい医師が着任した。それに伴い、いわゆる外勤として勤務する病院の調整が教室内で行われた。その結果、隣県の県立病院にはその新任医師が行くことになり、私は代わりに、県内の県立病院へ赴くことになった。ところが、この県内の県立病院の給与は日当 4 万円である。すなわち、月 6 万円、年間 72 万円の減収となった。率にすれば 10% 以上の減給である。

いうまでもなく、労働基準法上、正当な理由なく労働者の給与を削減することはできない。ところが私の場合、大学からの給与は何も変わっていないので、労働基準法の適用外である。そもそも外勤は、私と市中病院との間で労働契約しているのであって、大学による人材派遣ではない。すなわち、契約上は単に私が転職して収入を減らしたに過ぎない、ということになる。しかし実態としては、教授の思惑一つで、こうした大幅な減俸が行われたのである。

なお世間では「大学が市中病院に医師を派遣して云々」と表現されることもあるが、実際には医師が個人的に市中病院と契約しているのだから、「派遣」という表現は不適切である。とはいえ、その労働契約の成立は教授の意向によってなされるのだから、実際のところ派遣に近い。そのような歪な雇用関係が、医師の世界では、広くまかり通っているものと思われる。


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