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今日はカネの話をする。
私が北陸医大 (仮) の研修医であった時の給与は、2016 年の記事によると、通勤手当を除いて月 31 万円 (総支給額) であった。住宅手当などは存在しなかった。手取り額は評価が難しいので、以下、総支給額のみを論じる。現在では、北陸医大の研修医は手当が増えて、総支給額 40 万円程度であるらしい。初期研修を終えた 3 年目の給与は、2018 年の記事によると、月 27 万円 (総支給額) であった。むろん住宅手当はない。大学院生の身分を兼ねていたため、通勤手当は支給されなかった。フルタイムで勤務した上での大学院生なのだから、学生の身分を理由に通勤手当がないのは不条理だと思うのだが、規定ではそうなっていた。今年 1 月の給与明細をみると、給与は 29 万円 (総支給額) であった。3 年目以降は、非常勤医として市中病院でも働いており、1 月時点では月 22 万円を受け取っているから、月収 51 万円ということになる。なお、研修医時代も 3 年目以降も、賞与は存在しない。
3 年目になると、研修医時代に比べて、大学病院からの給与が減ったのである。研修医の給与には月 40 時間の、いわゆる「みなし残業代」が入っているが、我々が月 40 時間の時間外労働を行っても、研修医より少しばかり給与は少ないのである。これは、暗黙の了解として、いわゆる「外勤」を行うことが前提になっていたためである。すなわち、契約上は週 5 日労働であるが、そのうち 1 日程度は「外勤」として市中病院での非常勤労働にあててよい、という慣習があった。ところが昨年か一昨年あたりから、IC カードを用いた出退勤管理が導入されたのに伴い、あたりまえのように「週に 38 時間 45 分は大学で労働すること」が求められるようになった。もともと「一日は外勤してよし」という慣習は明文化されていないのだから、何かが明示的に変わったわけではない。しかし、週に 40 時間働くことが前提なら、なぜ、我々は研修医より給与が低いのだろうか。どうして我々は、研修医以下の扱いを受けなければならないのか。
市中病院における病理医の給与相場は、よくわからない。一時期、転職斡旋業者に依頼して情報を取り寄せていたのだが、だいたい週 4 日勤務や 4.5 日勤務で、年収 800 万〜、ぐらいが相場のようである。地方にいけば、年収 1000 万もざらである。それに対して北陸医大では、週 5 日勤務で年収 326 万 (2020 年実績) である。どうして、周辺相場の半額や 3 分の 1 の給与で、我々は働かねばならないのか。外勤を含めて、つまり週 6 日労働で考えても年収 590 万円であるから市中病院には遠く及ばない。
我々は、北陸医大に頭を下げて「働かせていただく」ような立場ではない。私は、北陸医大で博士の学位と病理専門医の認定を取るつもりであったから、我慢してここに勤めていた。その縛りさえなければ、北陸医大で働こうと考える理由は何一つ存在しない。病院長や学長は、どうして、これでまともな医者が集まると考えているのか。北陸医大付属病院の医者は、どうして、こんな条件で働いているのか。