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先月末、妻にメタノールを摂取させて殺害した疑いで起訴されていた吉田佳右氏に対し、東京地方裁判所で懲役 16 年の判決が下された。吉田氏については、朝日新聞は10 月 30 日の記事で「元大手製薬会社研究員」として報道しているが、2022 年 9 月 16 日の逮捕時の記事では「第一三共社員」としている。吉田氏が、いつ、なぜ第一三共を退職したのかは、私は知らない。なお読売新聞は今回の判決を報じる際にも「第一三共の元研究員」としている。
報道されている範囲の情報から考えるに、今回の判決は不当であると私は考える。吉田氏が犯人として疑わしいことや、他に疑わしい人物がいないことは、私も同意する。朝日の記事に書かれているような「(吉田氏が犯人だとする考えに) 不合理なところはない」という判断も、妥当であろう。吉田氏は実に疑わしい。
しかしながら「疑わしきは被告人の利益に」というのが刑事訴訟の鉄則である。いくら疑わしくとも、確たる証拠がないならば、刑事罰を加えるべきではない。「疑わしい」で処罰することを許してしまうと「魔術を使って人々を呪ったと疑われる女」を魔女として火炙りにしたり、政治的に対立している相手に「収賄したという疑い」をかけて失脚させたり、あるいは政府に批判的な言動をする人物を「破壊活動を行った疑い」で投獄したり、という社会が実現してしまう。実際、歴史的には、そういう社会・時代が長く続いていた。それは不健全である、そういう刑罰の乱用は社会全体を不幸にする、という考えから、現代では「疑わしい」という理由での刑罰を禁じる法秩序が確立された。
吉田氏の件でいえば、確かに、吉田氏には妻を殺害する動機があり、殺害することが可能であり、メタノールを入手することも可能であった。しかし吉田氏が妻を殺害したという証拠はなく、メタノールを入手したという証拠もなく、あくまで「吉田氏が殺したとしても矛盾はない」という範疇に留まる。矛盾がない、では、本来、有罪とする根拠にならないはずである。そもそも、検察が吉田氏を起訴したこと自体が無理筋であった。疑わしきを罰する決定を下した裁判員諸君も、社会や法に対する見識が乏しいのではないか。自分は法律の専門家ではないから、というのは、言い訳にならない。法とは何か、刑罰とは何か、ということは社会人としての基礎的な教養の範疇であり、中学校や高等学校でも教育されているはずだからである。
なぜ、吉田氏は第一三共を退職したのか。第一三共は吉田氏が逮捕された 2022 年 9 月 16 日付で当社社員の逮捕に関するお詫びなるプレスリリースを出しているが、一体、どういう了見なのか。なぜ、逮捕されたことについて詫びる必要があるのか。推定無罪の原則を、知らないのか。
報道されている限りでは、被告人側は「妻が自殺した可能性」を主張していたという。妻が夫に対するあてつけとして自殺した、という可能性は、確かに、考えられなくはない。それを否定する証拠を、検察側は示していないからである。朝日の記事によれば、この被告人側の主張を、判決は「妻には精神科への通院やメタノールの購入歴がないことなどから退けた」という。馬鹿げている。自殺する人が皆、事前に精神科に通院するとでも思っているのか。むしろ通院する人は、適切な治療を受けることで自殺を回避できるのである。通院しなかったからこそ、うつ病などの疾患が治療されず、自殺してしまうのである。これは、精神科医を侮辱する判決である。