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2024/09/22 学会発表

先日、中部地方で開催された国際学会に参加した。学術的な内容の口頭発表は京都大学時代の 2010 年に米国のピッツバーグで行ったのが最後であったから、14 年ぶり、ということになる。

京都大学時代の私の研究は原子炉物理学を専門にしていたが、その中でもマイナーな分野である「加速器駆動未臨界炉における未臨界度測定」の研究を行っていた。この研究が実際の社会において、どれだけ役立つのかははっきりしなかったし、そのあたりについて深く考えていなかったのは、当時の私の研究者として至らない点であった。それでも、私の研究は原子炉物理学あるいは原子炉工学における新しい解析手法として画期的であった、という点は今でも自信を持っている。ただ、その内容が原子炉物理学の標準的な手法とは大きく異なるために、他の研究者にとってはわかりにくく、この手法の有効性を他の研究者達に理解してもらうことができなかったことは、遺憾である。もし私が原子炉物理学の世界にあと 5 年か 10 年、留まっていれば、きっと日の目をみたであろうと思う。ただ、当時の准教授 (後に教授) との諍いが原因で、私が原子炉物理学を離れてしまったために、私の研究は原子炉物理学の歴史の中で埋もれてしまった。それでも、ひょっとすると 30 年ほど後に誰かが発掘してくれるのではないかと、期待している。

何を言いたいのかというと、原子炉物理学時代の私の研究は業界の標準から外れていたために、学会発表においても基本的な考え方、概念を説明することに常に苦労していたのである。高々 10 分程度の発表時間では、基本的な原理・理論を説明することすら、ままならなかった。

それと同じ問題に、現在も悩んでいる。現在、私は広い区分としては放射線医学の分野にいる。私は病理医としての、放射線医学者とは異なる視点から、かなり独特のアプローチで研究を行い、新しい解析手法を提案する、というのが今回の発表趣旨であった。しかし、このアプローチは斯界の常識から大きく外れているため、そもそも何を解析するのかという背景の説明も、どういう方法で解析するのかという手法の説明も、かなり丁寧に説明しなければならなかった。通常、学会発表では基本的な問題意識や基礎知識を発表者と聴衆が共有しているのであるが、私の場合、その前提が成立しないのである。それでも、背景や手法を理解していただかねば、研究の意義も価値も、到底、伝えることはできない。おそらく、これは何か本当に新しいことを研究している人々が、学会発表で常に苦しむ点なのであろう。

そうした悩みを抱えつつ、私は 7 分間の発表時間を厳守し、プレゼンテーションを行った。会場からは、質問が出なかった。

学会発表において質問が出ないということは、聴衆にとって発表がつまらなかったか、内容を理解できなかったかの、どちらかである。いずれにせよ、発表者にとっては敗北である。私は、負けたのである。

ただし、発表を終えた後に 5 人の若手研究者や学生が、私の発表について関心を示し、細かいことも含めて質問してくれた。我々は楽しく議論することができた。

病理学会もそうであったが、今回私が参加した学会も、いささか雰囲気が悪い。口頭発表に対して質問するのは学界の重鎮やベテランが多く、若手が質問に立ちにくいのである。私が京都大学にいた頃の原子力学会では、学生を含め若手が積極的に質問していたし、ベテラン研究者の中には「若手が質問しないような学界は衰退する」などと言い若手の発言を促す人も多かった。むろん、私も修士課程一回生の頃から積極的に質問に立った。なお、2008 年に高知で開催された日本原子力学会秋の大会のことは、忘れようがない。私は、自分の専門とは少し違う分野のセッションに参加し、少しばかり的を外した質問をしたために、会場から失笑を買った。いかに的を外した質問であったとしても、若手、特に学生の質問を笑うのは言語道断である。その意味において、あの場にいた原子力関係者は、学術研究者としての資質を欠いていた。しかし、私の後ろに座っていたベテラン研究者は、その空気をまずいと思ったのか、私の質問を擁護するコメントを発してくれた。そういう人も、必ず、いるのである。

今回も、私の発表に興味を持ってくれた若手はいたのに、その人々が質問に立つのを遠慮するような空気があった。学生が質問できない、ということについて、どれほどの教員や研究者が問題意識を持っているのであろうか。


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