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少し古いニュースだが、6 月 13 日付で朝日新聞に研究者にとって「データ」とは何か?阪大処分に見解の相違という記事があった。これは、大阪大学名誉教授の某氏が、データ盗用の不正行為を働いたと認定され、大学当局から懲戒処分を受けたという事案である。朝日新聞の記事と、本件と思われる事案についての大阪大学の発表、文部科学省の発表および日本学術振興会 (学振) の発表を総合すると、これは以下のような次第である。
大阪大学大学院文学研究科の教授 (当時) は、日本学術振興会の科学研究費助成事業 (科研費) の基盤研究 (A)として 2011 年度から 2014 年度にかけて「中国における土地領有の慣習的構造と土地制度近代化の試み」の研究課題に対し2067 万円の研究費を交付された。また、これに関連する研究として、科研費の「学術図書」として、「中国における土地領有の慣習的構造と土地制度近代化の試み」に対し2016 年度に 300 万円の研究費を交付された。なお、この文献は実際に大阪大学出版会から刊行されたが、後に回収された。
朝日の記事によると、以前に教授の下で博士の学位を取得した「研究者」が、2016 年 3 月に、当時未公表の文献を教授のもとに持ち込んだという。このとき、教授は閲覧および写真撮影の許可を得て、この文献を預ったという。そして 2017 年に、この教授の下にいた招聘研究員である某氏は、前述の「中国における土地領有の慣習的構造と土地制度近代化の試み」に掲載された「論文」の執筆にあたり、上述の「研究者」から預った文献の写真を、事前の承諾なしに使用したという。その後、この招聘研究員は後に立命館大学文学部講師になった。
大阪大学および文部科学省によると、2020 年に、この論文に盗用が認められる旨の告発が学振に対し行われた。この告発を回付された大阪大学は予備調査を行い、当事者が現に在職している立命館大学に調査委員会が設置された。この立命館大学の調査委員会は、調査結果の確定後に「研究活動上の不正行為に係る調査報告書」を大阪大学に対し送付した。これを受けて大阪大学は、上述の発表を 2024 年 3 月に行ったが、当事者が既に退職しているため、実効性のある処分は大阪大学からは行われなかったようである。立命館大学は、当該講師に対し論文取り下げを勧告した。懲戒処分が行われたという記載はない。当該講師は、この時点で既に退職していたようであり、文部科学省の発表では「元講師」とされている。学振は、当該「学術図書」の研究費について返還を求めた。基盤研究 (A) については、当該不正行為が行われた研究と学術的な連続性はあるものの、研究費からの不正な支出はなかったため、返還などは求められなかった。また学振は、この二人の当事者に対し、2024 年度から 2026 年度の 3 年間にわたり、研究資金を交付しないことを決定した。
さて、朝日の記事では「本件はデータ盗用にあたるのか」という点について関係者の間で意見が分かれている、という趣旨のことが議論されているが、これは的外れである。規則の文言だけを考えて、この「未発表資料」がガイドライン上の「データ」に当たるかどうかを問題にする者がいるようだが、本件の本質はそこではない。
文部科学省の発表によれば、この二人は「他の研究者の所有する未公開史料を論文に掲載する際には、事前に所有者の承諾を得ることが当該分野における通例であることを認識していた」とのことである。これは、ほとんどの学術分野で共通する観念であると思われる。そして上述のように、この史料の所有者である「研究者」にとって、この教授は元指導教員であったことが問題である。
つまりこれは、次のような構図なのである。「研究者」が、自分の発見した史料を自慢したくて教授にみせたのか、それとも教授から強く求められて史料をみせたのかはわからない。しかし、元指導教員から「写真を撮らせて欲しい」と言われた際に、拒絶することは難しい。断わるならば、以後、関係が断絶することも覚悟した上で断わらなければならない。そのような、事実上、強制力のある形で、史料の貸与と写真撮影が行われた。
また、こうした史料は、初めて世間に公表された文献が、以後、引用され、「あの史料を公表した論文」として認知されることになる。朝日の記事によれば、教授は「掲載にあたって了解を得るのは事後でよいと判断し」たらしいが、その判断は、ありえない。あるとすれば「あいつは俺の下僕のようなものだから、事前了解は必要ない。どうせ文句を言うはずがない。」と考えた、としか解釈できない。要するに、この史料を発見・入手したという学術上の功績を、教授が「研究者」から強引に奪い、講師に与えたのである。これに対し、予想に反して「研究者」が怒った、というのが真相なのではあるまいか。
つまりこれは、「データに該当するかどうか」という問題ではなく、悪質なアカハラ事案である。ただ、現時点で加害者と被害者の間に形式的には上下関係が存在しないことから、「データ盗用」という形でしか処分できなかったのである。