これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
最近、また糖質制限ダイエットなどというものが流行しているのだろうか。一部で人気の某精神科医がブログで、自身が糖質制限を行っていることを宣言していた。世間には、「医者は人体のことをよくわかっている」などと誤解をしている人が少なくないらしく、「医者がそう言っていたから」と、医者の発言を素直に信じてしまう純粋な方も少なくないようなので心配である。医学関係者としての良心から、そのブログでみかけた、ひょっとすると糖質制限信者が誤解しているかもしれない点を指摘しておくことにする。
第一に、「糖分を摂取しなくても、蛋白質や脂質から糖質を作ることができる」というのは誤りである。蛋白質から糖新生でブドウ糖を合成できるのは事実だが、脂質から糖を合成することはできない。
多少専門的な話をすれば、厳密には、原理的にはアセチル CoA と二酸化炭素からピルビン酸を合成する酵素が存在しないとは限らない。こうした酵素は熱力学の第二法則に矛盾するが、熱力学の第二法則が正しいことを実験的あるいは理論的に証明した者はいない。私は、熱力学の第二法則は誤りであると信じているし、将来的に、解糖系を真の意味で逆行する反応が実現されると考えている。なお、糖新生は厳密な意味では解糖系を逆行していないことに注意されたい。
第二に、脳は糖分だけでなくケトン体も栄養にできるから、糖分を制限しても脳の働きに影響はない、という論理も誤りである。なぜならば、糖分を極端に制限すれば、糖尿病性ケトアシドーシスと類似の病態を来し、悪くすれば命に関わるからである。
素人は「糖尿病」という病気を、体内の糖分が多すぎる病気であると誤解することがあるようだが、それは正しくない。糖尿病は「ブドウ糖が血液から細胞内に移行しない病気」と考えるのが正しい。その結果として、血中のブドウ糖が多くなりすぎて血管障害や口渇感などを生じる一方で、細胞ではエネルギーが不足する。さて、重症の糖尿病患者が、インスリンの自己注射を怠ると何が起こるか。インスリンは「血中のブドウ糖を細胞内に移行させるホルモン」である。従って、インスリンが極端に不足すれば、細胞はブドウ糖を取り込めず、エネルギー不足となる。細胞の中で起こる現象だけでいえば、これは、糖分が極端に不足している状態とほぼ同様である。
特に肝細胞などでは、ブドウ糖が不足している場合には脂肪を分解し、アセト酢酸やアセトンなどの、いわゆるケトン体を作る。ケトン体の一部が脳などで栄養に使われるのは事実だが、大量に産生されれば、患者の口からはアセトン臭が発し、また血液は酸性になる。これが糖尿病性ケトアシドーシスである。
ケトアシドーシスの何が悪いのか詳しい機序はよくわからないのだが、脳などでエネルギーが不足することや、体液中のイオンバランスが崩れることなどにより、意識障害などを来すようである。すぐに治療しなければ、もちろん、死ぬこともある。
もっとも、健康な人であれば、糖を摂取しなくても蛋白質を充分に摂っていれば、肝臓における糖新生により糖を合成できるから、急に体調を崩すようなことはないだろう。しかし、肝細胞などに負荷がかかるわけだから、肝障害が少しずつ蓄積していく可能性は否定できない。血液検査等でも肝機能障害は発見されないだろうが、こうした慢性的変化の場合には、検査で異常が発見される頃には、よほど状態が悪くなっているであろう。
糖分の摂取が本当にヒトにとって必要なのか、あるいは不要なのか、本当のことは誰も知らない、というのが現在の医学から言えることだろう。私の個人的な見解でいえば、糖も蛋白質も脂質も、バランス良く摂取するのが無難であると思う。