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2013/07/05 「上がる」という動詞と単位の省略

臨床医学の分野では、しばしば検査値について「上がる」という動詞が用いられる。たとえば「血糖が上がる」「クレアチニンが上がる」などといった具合である。しかし、これらは不適切な表現であるように思われる。

そもそも、これらの表現は日本語としておかしい。「血糖」とは「血漿中のブドウ糖」のことであり、それが増加することを言うならば「上がる」ではなく「増える」などと表現するべきである。クレアチニンも物質名であるから、「上がる」のではなく「増える」ものである。

たぶん、この「上がる」という表現は、もともと「血糖値が上がる」「クレアチニン濃度が上がる」という表現から「値」や「濃度」といった語が脱落して成立したのであろう。そう考えれば、「上がる」という表現自体は、日本語として大きく間違ってはいないともいえるが、不必要あるいは不適切な略語であることは間違いない。

また、臨床医学の分野では、しばしば単位を省略する。たとえば「尿蛋白が 3.2 である」といえば、これは「尿蛋白が 3.2 g/day である」という意味になる。講義中に教員が単位を省略して説明した場合、もし学生が「単位は何ですか」と問えば「g/day に決まっているだろう」と、馬鹿にされるだろう。これは、物理学や工学の出身者ならば誰もが唖然とする慣行である。単位には極めて重要な意義があるのだから、決して省略してはならない。学生に「単位は何ですか」と問われれば、教員は単位を省略した自らの怠慢を恥じるべきである。

臨床医学の人々は「単位は世界共通で g/day なのだから、省略しても誰でもわかる」というかもしれないが、そんなことはない。現実に、単位の間違いによる放射線の過剰照射などの医療過誤が起こっている。だいたい、なぜ、単位を省略する必要があるのだ。わざわざ意味をわかりにくくして、誤りの可能性を高めて、そして「3.2 g/day」という明瞭な意味と実感を持つ表現を「3.2」などという無味乾燥で意味不明な数字にして、何の得があるのだ。

これらの不適切な表現は、医療分野を不必要に専門化し、素人である患者には理解を困難たらしめ、医療知識を密室で寡占し、特権的地位を磐石たらしめんとしてきた過去の医療従事者連中の陰謀の遺物であると、私は思う。

2013/07/07 修正
2013/07/20 修正

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