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2015/09/12 クマリン

クマリン、という植物由来の物質がある。慢性心房細動などの患者に対し、抗凝固薬として用いられるワルファリンは、このクマリンの誘導体である。クマリン誘導体としては、他にジクマロールが有名である。ジクマロールは日本ではあまり使われないが、欧州の一部の国では抗凝固薬として頻用されると、何かの文献で読んだことがある。

一部の化粧品類にクマリンが含まれていることがあるらしい。無思慮なウェブサイト等には、「クマリンは植物由来の成分です」などと、まるで「だから安心です」と言わんばかりの宣伝をしているものがあるが、非常識である。ワルファリンやジクマロールといった抗凝固活性のあるクマリン誘導体は、不適切に摂取すれば脳出血などを来し、時に死亡する恐れもある。実際に、殺鼠剤としてクマリン誘導体が用いられることもあるらしい。もちろん、化粧品に使うような量のクマリンが人体に悪影響を及ぼすことは稀であろうが、安全面に相当の配慮を要する物質であることを隠蔽するかのような宣伝は、許し難い。

過日、日本生化学会編『細胞機能と代謝マッップ』を眺めていた。細胞内で行われる様々な生化学反応について、基質と生成物、および関係する酵素についてまとめられた図表集である。これは、医学部編入受験生時代に某予備校講師の勧めで購入したのだが、結局、あまり使わなかった。医学科に入った後には、時々、調べ物に使用している。

ふと、開いたページの片隅に「クマリン」という文字がみえて、驚いた。私は、ヒトの体内でクマリンが生合成されるとは、知らなかったからである。代謝経路をたどっていくと、フェニルアラニンの代謝産物であるらしい。フムフム、ナルホド、と思ったところで、ページのタイトルをみると「フェニルアラニン, チロシンの代謝 (植物)」と書かれていた。なんだ、植物の話か、と思うと同時に、そりゃヒトがクマリンなんか生合成するわけないよな、と、笑いがこみ上げてきた。

クマリンといえば、病理学の名著 `Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease 9th Ed.' を読んでいた際、首をかしげたことがある。血液凝固の話に関連して、coumadin という薬物名が登場したのである。音の響きからクマリンのような感じではあるが、クマリンの綴りは cumarin である。私の持っている教科書類には記載がなかったので Google で検索してみると、どうやら抗凝固薬であるワルファリンのことらしい。もしや、と思い、米国 FDA の薬物情報データベースで検索してみると、やはり coumadin はワルファリンの商品名であった。

学術的な議論をする際には、原則として、商品名は使用しない。その理由については過去に書いた。なぜ、病理学の教科書において、このような間違いが起こったのだろうか。


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