これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/04 SLE と抗二本鎖 DNA 抗体

全身性紅斑性狼瘡 (Systemic Lupus Erythemathosus; SLE) と呼ばれる症候群がある。明確な定義がなく、イマイチ概念の不明瞭な症候群であるが、いわゆる膠原病の一つとされている。ただし、この「膠原病」という言葉も、定義や概念が曖昧である。本日のテーマは、この SLE と抗二本鎖 DNA 抗体の関係である。なお、臨床検査における抗二本鎖 DNA 抗体というのは「二本鎖の DNA にのみ反応する抗体」という意味ではなく「一本鎖または二本鎖の DNA に反応する抗体」という意味である。これに対し抗一本鎖 DNA 抗体は「一本鎖の DNA にのみ反応する抗体」をいう。

丸善出版『膠原病学』改訂 6 版は、膠原病を概説する名著であり、膠原病に関心のある学生は、卒業までに一度通読すると良いだろう。塩沢俊一氏の単著であり、全体を通して一貫したストーリーのある優れた教科書である。ただし、日本語の細かな部分が、いささか粗いように思われる。

この「塩沢 膠原病学」の 361 ページでは「抗二本鎖 DNA (dsDNA) 抗体は原則的に SLE に特異的で, 腎症をはじめ疾患活動性とよく相関し,診断の重要な指標となる (Schur PH et al. N Engl J Med 278:533, 1968).」としている。補足しておくと、ここで引用されている Schur らの報告は疾患活動性と抗 dsDNA 抗体の関係を調べたものであって、SLE に対する特異性には言及していない。

これに対し金原出版『臨床検査法提要』改訂第 34 版の 886 ページでは、抗 dsDNA 抗体は活動期 SLE における感度 67 % であるのに対し、全身性硬化症における感度は 23 %、シェーグレン症候群で感度 14 % としている。この記述に基づくならば、有病率を考えれば SLE における特異性は高いといえようが、SLE に特異的とまで言うのは、私は憚られる。

そもそも、なぜ抗 dsDNA 自己抗体が生じるのか、という点については、誰も知らない。「塩沢 膠原病学」は上述のように抗 dsDNA 抗体は SLE に特異的であるとしており、他の膠原病で陽性となるのは検査手技上の問題で、抗一本鎖 DNA 抗体が存在する際に偽陽性となるためだとしている。そして、抗 dsDNA 抗体に対応する抗原はアポトーシスの際に遊離したヌクレオソームである、としている。しかし、そうした抗原が SLE 特異的に出現する理由には言及していない。

はたして、本当に抗 dsDNA 抗体は SLE に特異的なのだろうか。特異的だと主張する根拠として有名なのは、2012 年に Systemic Lupus International Collaborating Clinics (SLICC) が発表した SLE の分類基準であろう。(Arthritis and Rheumatism 64, 2677-2686 (2012).)この報告では、抗 dsDNA 抗体は SLE に対し感度 57.1 %、特異度 95.9 % であった、としている。この報告の特徴は、SLE であるか否かの診断のゴールドスタンダードとして「エキスパートの 80 % が SLE である、または SLE ではない、という点で意見を合致させたもの」としている点である。つまり、この分類基準を臨床的に用いる場合、それほど SLE に熟練していない医師であっても SLE のエキスパートと同様の診断を行うことができる、という点が有益だといえよう。

ここで二点、注意を要する。第一に、特異度の値は、統計の対象とする患者集団に大きく依存する、という点である。上述の SLICC は、SLE や他の膠原病と診断された患者を対象に解析したものであるが、いわゆるオーバーラップ症候群や混合性結合組織病は含まれていない。第二に、この報告においても、エキスパートのうち最大 20 % は異なる診断を行っている、という点である。そのくらい、SLE の診断は曖昧で主観的なのである。

以上のことを考えると、抗 dsDNA 抗体が SLE に特異的である、というよりも、抗 dsDNA 抗体を伴う膠原病は SLE と診断されることが多い、とするのが正しいのではないか。両者は、臨床医療における診断だけを考えるなら大差ないが、膠原病や SLE の本質に迫ろうとするならば、重大な差異がある。「SLE」という曖昧な既成概念を崩しに行くことこそが、我々のような次代を担う医師の役目である。


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