これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/03/21 第 110 回医師国家試験についてのコメント

G 50 の問題である。

6 歳の男児。発熱を主訴に母親とともに来院した。 10 日前に家族で東南アジアに旅行に出かけ 5 日前に帰国した。 4 日前に発熱と咳、鼻汁、眼脂および口腔内の粘膜疹が出現した。 昨日から高熱となり皮疹も出現したため受診した。 意識は清明。体温 39.9 ℃。 両側の眼球結膜は充血し、咽頭に発赤を認める。 両側の頸部に径 1 cm のリンパ節を数個ずつ触知する。 心音と呼吸音とに異常を認めない。 腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。 血液所見: 赤血球 455 万、Hb 12.7 g/dL、Ht 35 %、 白血球 3300 (好中球 63 %、好酸球 1 %、好塩基球 0 %、単球 8 %、リンパ球 28 %)、 血小板 20 万。血液生化学所見: AST 12 IU/L、ALT 35 IU/L、LD 446 IU/L (基準 176〜353)。 CRP 0.8 mg/dL。 咽頭ぬぐい液迅速検査: アデノウイルス陰性、A 群 β溶連菌陰性。 皮膚の写真を別に示す。
家族への説明で最も適切なのはどれか。

a 「熱が下がったら登校してもよいです」
b 「発疹が消えたら登校してもよいです」
c 「咳が出なくなるまで登校してはいけません」
d 「熱が下がった後 3 日を経過するまで登校してはいけません」
e 「すべての発疹がかさぶたになるまで登校してはいけません」

写真は省略するが、要するに麻疹であろうと診断させた上で、登校禁止期間を答えさせる問題である。 私は、選択肢から出題者の意図を推定し、当てた。そのくらいの芸当は、できる。

しかし、この問題は、ダメだろう。 日本語がおかしいとか、血球算定の単位がないとか、そういう点もダメなのだが、医療としてもダメである。 私であれば、入院を勧める。 症状や皮膚所見からは麻疹だろうと思われるが、何しろ東南アジア帰りであるから、私のよく知らない感染症を拾って来た可能性もある。 そして診察所見からは、形式的には全身性炎症反応症候群の診断基準を満足している。 従って、現時点では、敗血症と考えるべきである。 直ちに入院し、血液培養の検体を採取した上で広域スペクトラムの抗菌薬による治療を開始すべきである。

もう一つ、紹介しておこう。H 30 の問題である。

62 歳の男性。顔面の発赤を主訴に来院した。 3 日前に顔面の発赤が出現した。 37.2 ℃の発熱と顔面の熱感があり、押さえると痛みを感じた。 症状が改善しないため受診した。 顔面の痒み、日光過敏、関節痛および筋肉痛は自覚していない。 化粧品や外用薬は使用していない。糖尿病で治療中である。 喫煙歴はなく、飲酒は機会飲酒。兄が関節リウマチ。 意識は清明。体温 37.5 ℃。脈拍 96 /分、整。 血圧 122/64 mmHg。呼吸数 14 /分。 眼瞼結膜と眼球結膜に異常を認めない。 両頬部に発赤と圧痛を認める。心音と呼吸音に異常を認めない。 腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。 顔面の写真を別に示す。(両頬部の発赤は、多少、鼻唇溝を越えている。)
最も適切な治療薬はどれか。

a 抗真菌薬
b 抗ウイルス薬
c 副腎皮質ステロイド
d ペニシリン系抗菌薬
e 非ステロイド性抗炎症薬 <NSAIDs>

SLE の頬部紅斑は、通常、鼻唇溝を越えない。 従って、この場合は SLE を疑う所見がないので、まぁ、感染症だろうと考えられる。 だから正解は d であるし、私も、そう書いた。

しかし、これは「最も適切な治療薬はどれか」ではなく「現時点で適切と考えられる治療薬はどれか」とすべきである。 そもそも、本当に感染症かどうかは、わからない。 実は調べてみたら抗二本鎖 DNA 抗体が陽性で・・・などという可能性も否定はできないから、抗菌薬が「最も適切な治療薬」かどうかは、わからない。 さらに感染症であったとしても、ペニシリン系が適切かどうかは、わからない。 最適な治療薬を決定するには、情報不足なのである。

試験終了後、同室の受験生の誰かが「よくわからない、もっとヒントを欲しい問題が多かった」というような発言をしていた。 この「ヒント」という言い方が、医師国家試験の現状をよく表している。 つまり、ただのクイズなのである。 医学的に、キチンと考えては、いけないのである。


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