これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
臨床を多少かじった者であれば、モニター心電図で何かを診断するな、と教わったのではないかと思う。モニター心電図というのは、少数の電極を用いて、四肢誘導のみ、あるいは一つの誘導のみを表示する心電図であって、標準十二誘導心電図に比して診断能力が著しく低い。従って、モニター心電図で何か異常を疑った場合には、ただちに診断せず、まず標準十二誘導心電図を撮るのが常識である。とはいえ、モニター心電図から可能な限り多くの情報を引き出すことは重要である。たとえば II 誘導の波形だけから「新たに出現した右脚ブロック疑い」という情報を引き出すことができれば、心臓の異常の早期発見につながるのである。
心臓超音波検査に行う際には、ふつう、モニター心電図も撮る。これは、心臓の収縮や弛緩のタイミングを測ることが目的であるから、一般には、波形の詳細は気にしない。そこで検査の便宜上、右上肢と右下肢、というような、通常の四肢誘導とは異なる変則的な誘導を用いることもある。過日、私は、この変則的な誘導における「RS パターン」の波形をみた。もし、通常の II 誘導で「RS パターン」がみられたならば、それは右脚ブロックを示唆する所見である。では、この変則誘導における RS パターンは、何らかの伝導障害を示唆するのだろうか、ということを、ふと、考えた。
Einthoven の正三角形で考える限り、この変則誘導は通常の II 誘導と同じである。しかし、かつて京都帝国大学の前川が指摘したように、実際の電極配置を考えれば、正三角形ではなく直角二等辺三角形で考えるべきであり、その場合、この変則誘導と II 誘導は異なる。II 誘導のモニター心電図で右脚ブロックを検出できるのは、II 誘導が、前川の二等辺三角形でいう斜辺成分にあたり、すなわち電気軸の横成分を比較的明瞭に反映するからである。一方、右上下肢の変則誘導は、純粋な縦成分のみを反映することになる。なお、直角二等辺三角形モデルでは、aVF 誘導には多少の横成分が含まれていると解釈されることに注意を要する。以上のことから、右上下肢変則誘導におけるRS パターンは、QRS 群後半に電気軸が < 0°に振れていることを示していると考えられる。こうした電気軸の振れは、生理的にもみられるものである。
右上下肢変則誘導において RS パターンがみられた上述の患者について、標準十二誘導心電図を確認した。すると、予想された通り、QRS 群後半に電気軸が -90°程度に振れていた。極めて軽微な右脚ブロックを示唆するような波形ではあったが、明らかなブロックパターンではなく、生理的といえる範疇であった。結論として、右上下肢変則誘導における RS パターンは、何らかの異常を示唆するものではないと考えられる。
かつて Einthoven は、充分な理論的説明なしに、専ら経験に基づいて四肢誘導心電図を発明した。その際、下肢の電極を右につけるか左につけるかについても多くの観察を繰り返し、右下肢では診断的価値が乏しくなることを見抜いたのであろう。