これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/07/18 フェニルケトン尿症

過日、ある学生と話をしていて、フェニルケトン尿症に話題が及んだ。ところが私は不勉強なので、「フェニルケトン尿症」という名称は知っていても、それがいかなる疾患なのか、わからなかったのである。そこで、今さらではあるが、この疾患の概略を確認して記載しておくことにする。

フェニルアラニンは必須アミノ酸の一つであるが、通常の食生活をしている限りは、体内で過剰になる。そこで余剰分をチロシンに変換する酵素がフェニルアラニンヒドロキシラーゼであり、この酵素を先天的に欠くのが、典型的なフェニルケトン尿症の原因である。結果として、余剰なフェニルアラニンはフェニルピルビン酸などのフェニルケトンに代謝されるのだが、この代謝産物は特に毒性を持たないらしい。一方、チロシン欠乏症の症状がみられることはあり、たとえばメラニンの産生能低下による髪の脱色などを来すのである。このあたりまでは、確か朝倉書店『内科学』第 10 版に書かれていたと思うのだが、今は手元に置いていないので確認できない。余談であるが、北陸医大 (仮) の研修医室は個人用スペースが狭く、あまりたくさんの教科書を貯蔵することができない。そこで「朝倉内科学」などの使用頻度が低い教科書は自宅で保管しているのだが、こういう時には、少しだけ困る。

さて、R. M. Kliegman et al., `Nelson Textbook of Pediatrics', 20th Ed. によれば、ややこしいことに、フェニルケトンは基本的に無害であるが、過剰なフェニルアラニンは有害であるらしい。というのも、フェニルアラニンはチロシンやトリプトファンと同じトランスポーターで中枢神経系に取り込まれるので、このトランスポーターが飽和することで、中枢神経系においてチロシンやトリプトファンが欠乏するというのである。このことから、フェニルケトン尿症に対しては、チロシンを充分に含む食品を摂取するだけでなく、フェニルアラニンの摂取を制限することも必要なのである。ところが、ふしぎなことに、患者の中には、普通の食事をしていても脳中のフェニルアラニン濃度が高くならずに、結果として中枢神経障害を来さない例も稀ながら存在するらしい。たぶん、アミノ酸トランスポーターの変異か多型が関係しているのだろうが、詳細は不明である。

高フェニルアラニン血症の原因としては、上述のフェニルアラニンヒドロキシラーゼ自体の異常の他に、補因子であるテトラヒドロビオプテリン (BH4) の欠損症もあるという。この BH4 は、チロシンヒドロキシラーゼやトリプトファンヒドロキシラーゼの補因子でもあるため、その欠損症では、ドーパやセロトニンの生合成にも障害を来す。従って、これに対して単に低フェニルアラニン高チロシン食だけで対応してしまうと、ドーパミンやセロトニンの欠乏に由来する神経障害を来すことになる。

ついでにいえば、過剰なチロシンを分解する代謝経路に異常がある場合でも、高フェニルアラニン血症を来す。その場合には、フェニルアラニンだけでなくチロシンの摂取量も適切にコントロールしなければならない。従って、「フェニルケトン尿症」という漠然とした診断名に満足するのではなく、具体的にどういう障害が原因なのかを明らかにすることは重要である。


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