これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
たまには医学のマニアックな話も、書かなければなるまい。過日、巨赤芽球性貧血について記載する旨を予告したが、そちらの方は未だまとまっていないので、今回は、R-CHOP 療法の話を書くことにする。
R-CHOP というのは、B 細胞リンパ腫に対して用いられる化学療法のレジメン、つまり抗癌剤の組み合わせの一つであり、5 種の薬剤の頭文字を並べたものである。すなわち、抗 CD20 抗体である Rituximab, アルキル化薬である Cyclophosphamide, アントラサイクリン系である Hydroxydaunomycin すなわち adriamycin,ビンカアルカロイド系微小管重合阻害薬である Oncovin すなわち vincristine, そしてグルココルチコイドである Predonisone である。これらの薬剤の作用機序については、Golan DE et al., Principles of Pharmacology, 4th Ed., (2017). などの薬理学の教科書を参照されると良い。ただし、ビンカアルカロイド系の作用機序については注意を要する。この系統の薬剤は微小管の重合を阻害する作用を持つことが知られているが、K. Kaushansky et al., Williams Hematology, 9th Ed., (2016). によれば、この微小管障害が抗癌剤としての作用機序がなのかどうかは、不明である。これと類似した問題として、タキサン系の微小管脱重合阻害薬であるパクリタキセルについては半年ほど前に書いた。
さて、医師の中には、医学史に対する関心の乏しい者も少なくないようである。しかし、先人から受け継いだ伝承を盲目的に施行するのではなく、医学・医療の新境地を開拓せんと志すならば、先人の歩いた道を悉知し、どこに改良の余地があるのかを、自身の頭脳で理解しなければならない。歴史を学ぶとは、そういうことである。
R-CHOP の原型となったのは、Cyclophosphamide, Vincristine, Predonisone を用いる CVP 療法である。これは 1972 年に、当時、いわゆる非ホジキンリンパ腫に対して単剤での有効性が知られていた三系統の薬剤を併用する治療法として提案された(Bagley CM et al., Ann. Intern. Med. 76, 227-234 (1972).)。なお、類似のレジメンとしては MOPP や C-MOPP もあるのだが、読者が混乱するといけないので、その話は割愛しておこう。
1976 年には、hydroxydaunomycin すなわち adriamycin も単剤で非ホジキンリンパ腫に有効であるという事実に基づき、これを CVP に加えたCHOP 療法が提案された (McKelvey EM et al., Cancer 38, 1484-1493 (1976).)。なお、この adriamycin というのはイタリアで開発された薬剤であり、名前の由来は、もちろん、アドリア海である。この薬には doxorubicin という別名もあるが、私は、より雅な名称である「アドリアマイシン」を好んで使っている。
さて、CHOP の登場から R-CHOP に至るまでには、実に 30 年を要した。このあたりの事情も書きたいのだが、記事が長くなってきたので、また後日、述べることにしよう。