これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
この日記は赤裸々を旨とするのだから、私の恥ずかしい話も、書かねばならない。本日の話題は、結核の定義についてである。細菌学や感染症学をキチンと学んだ学生にとっては常識なのだろうが、これまで私は本疾患の概念について無頓着であったので、その反省を込めて、この記事を書く。
私は、結核 tuberculosis という疾患概念を「M. tuberculosis を原因とする感染症」と理解していた。医学書院『医学大辞典』第 2 版でも、「結核」を「結核菌の主として飛沫吸入によって起こる感染性疾患。」としており、さらに「結核菌」は Mycobacterium tuberculosis のことである、としている。上述の私の理解と、ほぼ一致しているといえよう。
この私や医学書院の理解に対して「いや、それは違う」と即座に反応できなかった読者は、私と同様、不勉強であると言わざるを得ない。
Kumar V et al., Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease, 9th Ed., (2015). では`Tuberculosis is a serious chronic pulmonary and systemic disease cosed most often by M. tuberculosis.'としており、M. tuberculosis 以外の原因による結核の存在を認めている。具体的には M. bovis が原因菌として挙げられている。
Kasper DL et al., Harrison's Principles of Internal Medicine, 19th Ed., (2015). でも、`Tuberculosis (TB), which is caused by bacteria of the Mycobacterium tuberculosis complex'としており、この complex のメンバーとして、M. tuberculosis の他に M. bovis, M. caprae など 8 菌種が挙げられている。感染症学の聖典たる Bennett JE et al., Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th Ed., (2015). をみても`The term tuberculosis describes a broad range of clinical illnesses caused by Mycobacterium tuberculosis(or, less commonly, Mycobacterium bovis).'などとあり、結核の原因菌を M. tuberculosis に限定していない。
実は医学書院『医学大辞典』第 2 版でも、「ウシ結核 bovine tuberculosis」という語を「結核菌属 (Mycobacterium tuberculosis complex) の中のウシ型菌 (M. bovis) によって発症する結核」としており、「結核」の項とは矛盾するものの、M. tuberculosis 以外の原因による結核を認めている。なお、ここでいう「結核菌属」は「結核菌群」の誤りであろう。この『医学大辞典』は、こうした細かい部分において、いい加減で不正確な記述が多いように思われる。
このように、「結核」という疾患概念を正確に表現すれば、「結核菌群 (M. tuberculosis complex) を原因とする感染症」とするのが正しい。