これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/07/09 増殖中期の子宮内膜における浮腫について (1)

この日記は「医学日記」と題しているが、いままでのところ、あまり医学的なことを書いていない。これでは著者の医学的水準が低いと判断されてしまう恐れがあるので、今日は少しばかり専門的なことを書く。かなりマニアックな内容なので、タイトルを読んで、面白そうだな、と思った人だけ、読み進められると良い。

病理医という人種は、子宮内膜の組織像をみただけで、その女性が月経後排卵前なのか、排卵後月経前なのかを見抜くことができる。そして排卵後月経前であれば、あと何日で月経なのか、かなり正確に言い当てられる。かなり正確に、というのは、だいたい 2 日程度の幅である。その術は病理診断学の教科書に記載されており、たとえば S. E. Mills ed., Histology for Pathologists 5th ed., Wolters Kluwer (Philadelphia; 2020).の pp. 1082-1092 である。なお、この教科書はたぶん世界で最も有名な組織学の教科書であって、つい最近、第 5 版が出たので、ぜひ買われると良い。

さて、子宮内膜は、月経後排卵前は増殖期、排卵後月経前は分泌期にあるとされる。これは名前の通りで、内膜組織が増殖した後に排卵し、排卵後は内膜腺が盛んに分泌活動を行った後に月経に至る。問題は、この増殖中期の子宮内膜の組織像である。

Mills の教科書を読むのが億劫な病理医の中には、月刊「病理と臨床」臨時増刊号 Vol. 35 (2017) 「病理診断に直結した組織学」を読んでいる者もいるだろう。これの 330 ページをみると、増殖中期について次のように記載されており、図 6 のフローチャートや図 9 の組織像も、この本文と合致している。

増殖中期〜後期には核が偽重層化し, 腺管は次第に屈曲してらせん状になり、後期には間質がやや浮腫状になる.

これを読んで、Mills の愛読者は「おや」と思ったであろう。というのも、Mills では増殖期を述べた本文において浮腫について言及していないものの、Table 40.2 において「浮腫があるなら増殖中期、ないなら後期または interval」という旨が記載されているし、組織像の変化を示した Figure 40.30 も同様なのである。

要するに「病理と臨床」は「浮腫がなければ中期、あれば後期」としており、Mills は逆に「浮腫があれば中期、なければ後期」としているのである。一体、どちらが正しいのか。

「病理と臨床」は、この記載の根拠文献として M. R. Hendrickson et al., Surgical Pathology of the Uterine Corpus,W. B. Saunders (Philadelphia; 1980) を挙げている。幸い、この文献は我が大学の図書館に所蔵されているので、閲覧してみた。

(次回に続く)

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