これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/07/08 いわゆるイランの核問題と「政府広報」

原子力の問題については、日本では、非常に偏った報道が為されることが多い。私は医師になる前、原子力の分野にいたことがあり、その立場から、いくつかの指摘をしておきたい。

イランは 2015 年に、米国や欧州諸国との間に、ウランの 3.67% を超える濃縮を行わない旨の「核合意」を締結した。ウランは、天然では平均 0.72% 程度がウラン 235、つまり質量数 235 の同位体であり、残りのほとんど全てがウラン 238 である。中性子がウランと核反応した場合、ウラン 235 は核分裂しやすいが、ウラン 238 は核分裂しにくい。従って天然ウランだけでは核分裂がおこりにくく、臨界に達することができないので、核燃料として使うにはウラン 235 の比率を高める必要がある。これが「濃縮」である。細かいことは省略するが、核兵器に使う場合には速発臨界を要するため、原子力発電の場合に比べ、ウラン 235 の比率をさらに高める必要がある。

日本やイラン、米国をはじめとする世界中の多くの国家は、核不拡散条約を締結している。これは、米国、ロシア、英国、フランス、中国を核兵器保有国として認め、それ以外の国家が新たに核兵器を保有することを禁じる条約である。インドやパキスタンは、これを不平等条約であると批判し、加盟せず、独自に核兵器を開発・保有している。北朝鮮も、条約から脱退し、核兵器を保有したと考えられている。条約加盟中に核兵器を開発したならば違法であるが、脱退後の開発なら合法である。

核兵器非保有国にとって、この条約に加盟する意義は乏しいのだから、インドやパキスタンのように非加盟の立場を選んだり、北朝鮮のように脱退する国家が現れるのは当然である。私は、この条約を改正し、たとえば核兵器保有国は非保有国に対し相応の経済的支援を行う義務を有する、などの形にするべきであると考える。

なお、イスラエルは条約に加盟しているが、核兵器を独自に開発したか、あるいは米国から持ち込むことにより、保有していると考えられている。実際、イスラエルは核兵器の保有を否定していないし、過去にはイスラエルの閣僚が、核兵器を保有している旨を公式に発言したことがある。これが事実であれば、条約違反である。

さて、イランは核不拡散条約に加盟しており、かつ核兵器保有国として認められていないため、核兵器を開発することは条約違反である。しかしこの条約は、原子力発電のための核技術開発は全ての国に対して認めている。ウランの濃縮は原子力発電のための基礎的技術であり、その技術開発も、実際に濃縮を行うことも、条約上、全ての国に認められている。ここでは濃縮の程度に規制はなく、90% 以上の、いわゆる兵器級高濃縮ウランを製造することも、それ自体は禁止されていない。むろん、イランが 5% を超えるウラン濃縮を行うことも、条約上は正当な権利である。

米国や欧州は、イランが核兵器を開発しようとしているのではないかと疑いをかけている。イスラエルの核兵器を放置してイランに噛みつくのだからおかしな話である。しかしイランは、その米欧に対し、自由な貿易を認めることと引き換えに、ウラン濃縮を行う権利を自主的に放棄することを約束した。これが 2015 年の「核合意」である。あくまでイランが、条約上は認められているウラン濃縮の権利を自主的に放棄したものである、という点に注意を要する。

ところが米国は、この合意を反故にし、イランに対する経済制裁を再開した。欧州は形式的には合意を維持しているが、実際には米国による経済制裁に同調しており、事実上、合意は失われた。米欧の側が、一方的に合意を破棄したのである。なお、条約違反の核兵器保有国であるイスラエルとは密な貿易関係にありながら、イランに対して核開発を理由に経済制裁を行うのは、筋が通っていない。

この状況において、イランがウラン濃縮を自粛すべき理由は何もない。条約で認められた正当な権利の行使として、エネルギー自給のために、ウランを濃縮し原子力技術開発を行うことは、当然の権利である。

それにもかかわらず、たとえば朝日新聞がイランの核合意破り、狙いは?と題する記事を掲載するなど、まるでイラン側が合意を破棄したかのように書き立てている。一体、諸君は、どこの政府の広報紙なのか。


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