これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
文部科学省から「大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査」の公表についてが発表された。これは、一部の大学病院で診療に従事している医師の中に、給与を支払われていない者が存在する、という話であって、昨年 10 月頃の報道に端を発するらしい。文部科学省は、これに対して自主的な改善を求める趣旨で、各大学に対する調査を行った。私の所にも、この問題についてのアンケートが来た。私の場合は給与自体は支払われているので、その旨を回答した。
以前に書いたように、私は大学から月 27 万円の給与を受け取っている。そして週に一度非常勤医として診療に従事している市中病院から、一回あたり 7 万円を受領しているので、かなりの高収入である。この市中病院からの給与が、業務内容からすれば不相応に高額であり、私はこれを奨学金と理解していることは過去に書いた。
我が母校の場合、事情が違うらしい。母校で病理医をやっている某君から一年ほど前に聴いたところによると、かの大学では大学院生には基本的に給与が出ないという。ここで注意すべきは、この場合の「大学院生」というのは、工科や理科の大学院生とは立場が異なる、という点である。
工科や理科の場合、大学院生は一週間に少なくとも 5 日、多ければ 7 日ぐらいは研究に従事するのが当然である。欧州などでは奨学金制度が充実しており、大学院生に対しては国や大学から充分な経済的支援が与えられているため、生活費には困窮しない例が多い。国や社会の将来を担う人材を育成するために必要な投資、という考えが普及しているのである。そうでなければ、学問も人材も育たぬ。ところが日本の場合、大学や大学院で学問をするのは利己のため、という認識が強いようであり、社会的な支援は非常に乏しい。奨学金と称する制度の多くも、実態は学生ローンに過ぎない。英語でいう Scholarship は無償で供与されるものであり、当然、返済不要であるのとは、事情が大きく異なる。
そういった事情により、日本では少なからぬ大学院生は経済的に困窮しており、多額の借金を抱えている者も多い。ところが医科の大学院生の場合、週に 1 日か 2 日、非常勤医として診療に従事することで、少なからぬ収入を得ている。あるいは私の場合、大学院生でありながら週に 5 日は診療に従事し、上述のように多額の給与を得ている。形式的には社会人大学院生、ということであるが、大学院生としての研究を行っている時間は、工科や理科の大学院生の足元にも及ばぬ。
さて、我が母校の病理の大学院生も、私と同様に、かなりの程度、診療に従事しているらしいのだが、給与は支払われていないという。大学院生は自己研鑽のために診療しているのだから、という名目なのであろうが、むろん、それは社会通念上、認められない。その論法が許されるなら、世の中一般に、新入社員に対しては戦力になるまでの研修期間中は給与を払わなくて良いということになる。そもそも、大学院生というのは医学研究をする立場であって、診療技術を習得する期間ではない。だから、大学院生に対して「自己研鑽」のために診療させるということ自体、おかしい。
では、その無給医たる某君はどのようにして生活の糧を得ているのかというと、週 2 回、市中病院で勤務し、そちらから給与を受け取っているらしい。母校は大都会にあるので、たぶん、私の場合よりも非常勤医としての給与は安いであろうが、それでも週 2 回であれば、月給が 30 万円を下回ることはないであろう。
この問題のややこしいのは、形式的には無給であるが、実態としては、市中病院での業務を斡旋されることで、実際には少なからぬ給与を受け取っている、という点である。無給は問題だから、ということでキチンと給与を払ってしまうと、今度は「払い過ぎ」なのである。
大学病院と市中病院と勤務医の三者が、相互に曖昧な依存関係にあることが問題なのであって、それを是正すべきである。そのためには、一般の市中病院と、大学病院などの専門病院とを明確に区分し、両者で診療報酬の計算方法を分けるべきである。