これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/06/28 目的論 (1)

生物学や生理学を修めるにあたり「合目的的」という言葉聞いた人は少なくないであろう。目的に適っている、という意味である。たとえば、高血糖時には膵島 β 細胞からのインスリン分泌が亢進し、低血糖時には α 細胞からのグルカゴン分泌が増えるのは、血糖を一定範囲に保つという「目的」を達するのに具合の良いしくみであって、「合目的的」である、という具合である。

しかし、このような考え方は、科学的ではない。我々は「血糖を一定範囲に保つ」という目的を持って、それを達成するために膵臓を進化させ、α 細胞や β 細胞の機能を構成したわけではない。我々が意図したわけではなく、目的を持っていたわけでもなく、ただ、結果として、このように進化してきたのである。

ところで私は、朝日新聞が嫌いではない。この新聞社の、特に政治的社会的主張に関しては同意しかねる部分も多いし、浅薄で低俗な記事も多い。報道の質では英国 BBC に遠く及ばないが、しかし、社会の中における報道機関のあり方を模索する姿勢は、高く評価している。その朝日新聞に、6 月 24 日付で自己中な生き物、迷惑な子作り行動 精液に毒 … 競争過激という記事が掲載された。

さまざまな動物にみられる、異性に対する「迷惑行為」を例示した娯楽記事である。たとえばトンボが交尾後にも異性とつながったままで飛んだり、ツバメの雄が交尾後も雌につきまとったりすることで、他の雄と交尾するのを妨げる、といった具合である。あるいはショウジョウバエの精液には毒物が入っており、他の雄の精子を傷害する一方、雌の体にもダメージを与えてしまう、といった話も紹介されている。

ここで問題にしたいのは、朝日の記者の書き方である。たとえば次のように表現されている。

交尾を終えたメスのトンボは、もうオスに用はない。一方でオスは、メスが別のオスとも交尾しないか心配だ。だからメスの首根っこを尾の先で押さえつけて束縛する。

オスの生殖器のトゲが大きな種類のマメゾウムシほど、メスの生殖管の内壁が分厚いことも見つかった。トゲに傷つけられにくいため、メスは複数のオスと何度も交尾ができる。確実に自分の子を残したいオスはさらに対抗し、精液に毒を持つようになった……とみられている。

そして、これらを総括して

オスの迷惑行為と、はねのけようとするメスの戦略。対立の構図が、生き物たちの体の形や、雌雄の行動のちがいを進化させてきた。

と述べている。

こうした表現が、具体的にどのように誤りであるのか、次回から何回かにわけて、述べよう。


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