これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/06/25 前川孫二郎

昭和二十二年、京都帝国大学内科学教授の前川孫二郎が書いた「生物電気の理論」と題する論文が、雑誌「医学」に 3 回に分けて掲載された。前川は当時、心電図理論について世界最先端の研究を行っており、この論文において、心電図理論の基礎が確立したといえる。この連載は京都帝国大学教授にふさわしく、格調高い文章の中に、率直な批判と科学への誠実さおよび野心、そして軽妙なユーモアが交えられており、名文である。名古屋大学や東京大学、慶應義塾大学をはじめとして多くの大学医学部の図書館には収められているので、ぜひ読まれると良い。以下に、昭和二十二年一月号に掲載された文章の一部を紹介しよう。一部の漢字は、新字体に改めてある。

前川博士は、実験結果を深く批判的に吟味することなく安直に解釈してきた過去の科学者に対し

然し理論と言ふものは實驗室で拾つた事實を糊と鋏とで綴り合せただけで決して生れるものではない。何となれば事實は現實にその活々とした色彩を以つて吾々の感官を刺戟し、それだけに素撲な直觀にとつては往々絶對的な存在として錯覺せられるが、然し吾々が事實としてそこに見てゐるものは、それ程絶對的な存在でも又客觀的な存在でもなく、却つて感覺的色彩に僞装された主觀的觀念的な存在に過ぎないものである。

と批判し

眞に科學的醫學を建設しようと思ふものは、實驗室で拾つた事實が何如に簡明直截なものであつても、それを必ず數學的精密な論理に従つて吟味し、それに附随する不純な觀念を清除するやうに心掛けねばならない。

と主張した。とにかく実験を行って論文を書きさえすれば良いと思っている昨今の一部の自称科学者は、この文章を朝に夕に音読すべきである。前川博士はさらに、理論よりも実験を重視すべしと説いた Bernard の方針には

勿論生物學は自然科學であるから理論と云つても數學のやうに全く事實を無視して純粹な規約の上にこれを發展せしめることは出來ない。然し又 Bernard が信じたやうに事實をその悉くの條件に於いて理解したのでなければ、理論を構成することが出來ないと言ふならば自然科學は終に理論を持つことは出來ないであらう。然るに物理學は量子理論を持つ以前に場の理論を持ち、場の理論を持つ以前に既に運動學的理論を持つてゐた。勿論生命現象はあらゆる自然現象のうちでも最も複雑なそして神秘でさへあり得る現象に違ひない。恐らく現今の自然科學がその理論の根柢として持つ物質の概念のみを以つてしては遂に解決し得ない問題であるかも知れない。然しそれは生命現象に於いて抽象せられた二つの互に相反する概念 --- 精心と物質とを粗雑に混同するからに外ならない。

なる批判と見解を述べた。ここでいう「精心」とは、精神のことであろうが、常識とか直観とかいうものを精神的現象と解釈したようである。前川博士はさらに、従来の常識に拘泥して新説を拒絶する頭の硬い科学者を揶揄して

自然に飛躍がない如く、自然科學者の思想の發展にも矢張り飛躍は望まれず歴史は迂遠な路を歩むのである。

と、述べた。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional