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なぜ、市中病院では、こうした破格の待遇で非常勤医を雇用しているのか。
いうまでもなく、これは、我々が非常勤医として提供している労務への純粋な対価ではない。我々のようなヒヨコは、それほど高等な診療を提供しているわけではなく、基本的には、指導医の監督下で診療を補助しているに過ぎない。日当 7 万円相当の仕事は、できていないのである。
この関係を理解するには、大学病院と市中病院との、事実上の役割分担について考える必要がある。なんとなく、市中病院は比較的軽症の患者に対し、比較的ありふれた診療を提供する病院、というように思われているだろう。これに対し大学病院は、比較的重症の患者に対し、高水準な診療を提供する病院、というわけである。その認識は、だいたい、合っているように思われる。急性虫垂炎の患者はあまり大学病院には来ないし、前述の尾鷲総合病院では急性大動脈解離に対する手術はやらないであろう。また、血液検査などをみても、大学病院では様々な項目を高頻度に検査するのに対し、市中病院では必要最低限の項目に限って検査することが多い。
この大学病院と市中病院の診療内容の差は、現行の保険制度で明確に定められたものではない。保険点数は、診療行為毎に定められているのであって、たとえば急性虫垂炎を大学病院で手術しようが尾鷲総合病院で手術しようが、厳密にいえば細かな加算の点で違ってはいるものの、基本的には同じ点数である。たとえば虫垂切除術の場合、どの病院でも同じであって 6,740 点 (虫垂周囲膿瘍を伴わない場合) である。一方、大学病院ではふんだんに行っている血液検査については、かなりの部分は保険診療上は切り捨てられている。たくさん検査しても、その分の料金を患者や保険者に請求することができず、病院が負担しているのである。
このように、大学病院では「経済性の悪い」診療が行われている。では、その費用はどこから出ているのか。経営母体である大学が負担している例もあるかもしれないが、大抵は、病院は単独で黒字か、あるいはごく僅かの赤字に抑えられていることが多いようである。
不経済な診療を行っても黒字になる理由の一つが、医師の人件費であろう。前述の例でいえば、私に対し、我が大学では久美愛厚生病院に比して、年 600 万円近くも安い給与しか払っていない。ここで「浮いた」600 万円を、診療に当てているわけである。そして私は、大学からは比較的安い給与しか受け取らない代わりに、市中病院から高額の給与を受け取る。市中病院からすれば、私に対しては不相応に高い賃金を払う代わりに、大学との結びつきを強めているわけである。が、実際には、そのような「結びつき」が有する実効性は乏しいようには思われるので、市中病院が本当に経営改善に取り組んだら、こうした高額報酬は失われるであろう。
むろん、こうした関係は、不健全である。
私は、市中病院からの高額の「給与」を、奨学金と思って受け取っている。とはいえ形式的には、私の拙い診療行為に対して不当に高い賃金が支払われているわけであって、あまり気分の良いものではない。本来は、私は大学に所属している医師なのだから、賃金は専ら大学から支払われるべきである。
形式的には、私個人が市中病院と労働契約をして、非常勤医として働いていることになっているが、実際には大学から派遣されているのである。それならば、本当は、私は大学病院における業務の一環として市中病院に赴き、市中病院は報酬を大学に支払い、そして大学は、その分を含めた給与を私に支給するべきである。しかし現状では、大学は人材派遣業を行っていないことになっているので、そのような契約関係を成立させることができない。