これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/06/15 統計の魔術 (4)

最後に、統計というものが、いかに恣意的で信用できないものか、述べておこう。

仮に、ステロイド吸入は無意味だ、という主張をしたい者がいたとする。その者が、ステロイドの無意味さを主張するために、「有意差なし」という結果を得たいと考えたとしよう。これは簡単で、たとえば、故意に検出力を過大評価して症例数を少なくして試験すれば良い。あるいは、効果判定の際に、敢えて曖昧な評価をすることで、結果をぼやけさせることも有効である。とにかく、誤差を大きくすれば「有意差なし」になるのだから、いいかげんな試験をやれば、全て「有意差なし」にできるのである。

逆に、ステロイド吸入は有効だ、という主張をしたい者が、それに適した試験結果を得たいと考えたとしよう。実はこれも簡単である。ステロイド (正確にはグルココルチコイド) が炎症を抑える作用を有していることは既知だからである。何か炎症の目安、たとえば好酸球数だとか C 反応性蛋白質だとかを判定の指標にして、充分に多数の症例を集めて統計をとれば、まず間違いなく、優越性試験を通過できる。どれほど多くの症例を集めれば良いのか、事前に推定することにはいささかの困難があるが、症例数さえ多ければ、有意差は必ず生じるのである。

つまり、時間と資金の制約さえなければ、期待した通りの結果を統計的に得ることは、ほとんど常に可能なのである。「統計的エビデンス」などというのは、その程度のものに過ぎない。

少しだけ勉強した人は、「ではメタ解析はどうなのか」と言うかもしれぬ。メタ解析というのは、臨床試験結果をたくさん集めて、それら全体を一つの臨床試験であるかのようにまとめて解析する手法のことである。教科書的には、これは、臨床試験の中では最も信頼性が高い手法である、ということになっている。

当然のことながら、メタ解析の結果は、個々の臨床試験の質に大きく依存する。いいかげんな臨床試験をたくさん集めてメタ解析しても、ろくでもない結果にしか、ならない。ただし、症例数が少ないために「有意差なし」になる、という事例は、メタ解析では、起こりにくい。メタ解析全体では、かなりの症例数が集まるからである。

だから、メタ解析で「有意差なし」という結果を故意に誘導するためには、多少の工夫がいる。たとえば治療効果判定に際して「効果が乏しい」という判定を多くするのは有効である。あるいは、交絡因子をうまく使って、メタ解析に組み込む臨床試験を「うまく」選別するのも有効である。

純真な若い医師は「そんな悪意で論文を書く研究者は、いたとしても稀であろう」と言うかもしれぬ。はたして、そうだろうか。先に 6 月 11 日に紹介した The New England Journal of Medicine に掲載された論文の著者は、ほんとうに、単に統計学に無知だったのだろうか。諸君のまわりに、「望ましい結果」を得るために、実験や試験で四苦八苦する人々は、いないだろうか。彼らの「工夫」は、ほんとうに、科学的に妥当なものなのだろうか。

(「統計の魔術」おわり)
2021.02.13 誤字修正

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