これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
過日、東京で開催された某医学系学会に参加した。この学会では、この分野の重鎮研究者が講演する「宿題報告」というセッションがある。この宿題報告に際しては、演者に対し、表彰状と楯が贈られる。学界に対する長年の功績を称える、というわけである。私は、こうした授賞セレモニーの類が嫌いなので、昨年は、宿題報告の講演が終わるとすぐに、セレモニーは見ずに席を立った。聴衆の中には、私と同様にすぐに席を離れる者も多かったが、セレモニーが終わるまで着席している者も少なくはなかった。
今年は、私の両脇に座っていた参加者がいずれもセレモニーを見る主義の人であったらしく、私は通路に出にくかったので、あまり関心はなかったものの、セレモニー終了まで見届けた。そこで私が気になったのは、表彰状の文言である。表彰状の写真がスクリーンに映されていたのだが、そこには「棋界」という文字が書かれていたように思われる。
こうした表彰状では、しばしば、「斯界」という、もったいぶった言葉が使われる。読みは「しかい」であり、直訳すれば「この世界」という意味である。たとえば消化器学会であれば消化器医学を、病理学会であれば病理学を、それぞれ意味することになる。用法は「長年にわたる斯界への貢献を称え」云々、といった具合である。
おそらく、日本語にあまり通じていない人が「斯界」を「きかい」と誤読し、そして表彰状の文言を記載する際に「きかい」から「棋界」と誤変換したのではないか。言うまでもなく、「棋界」とは碁界や将棋界を指す言葉であって、ひょっとするとチェス界を表すこともあるかもしれないが、少なくとも、学界を意味することはない。