これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/12/11 言葉遣いと測定誤差 (2)

「誤差」というものを理解するために、「血糖の濃度」と「血糖の濃度の測定値」の違いについて考えよう。「血糖」というのは、「血液中のブドウ糖」のことであった。しかし一概に「血液中」といっても、動脈なのか静脈なのか、あるいは上肢の静脈なのか頭部の静脈なのか、あるいは腸間膜静脈なのかで、ブドウ糖濃度は異なる。つまり「血糖の濃度」というのは部位に依存するから、「血糖の濃度は ○○ mg/dL である」というような簡単な形では表現できない。一方、臨床的には、血糖は静脈採血あるいは指先の末梢血管からの採血で測定することが多い。臨床的な「血糖の濃度の測定値」というのは、こうした部位での測定値をいうのであって、これは「血糖の濃度の測定値は ○○ mg/dL である」と、簡単な形で表現できる。

誤差という観点からいえば、血糖が部位依存的な量である以上、その全容を、代表的な一点での採血によって知ることは不可能である。つまり、血液検査で測定できる血糖の濃度 (一点における測定値) と、真の血糖濃度 (部位依存的な値) との間には、ある程度の相違があるはずであり、これは一種の系統誤差といえる。むろん、測定の方法自体にも多少の誤差要因はあるのだから、測定値は、その場所における真の血糖濃度とも少しばかりズレているはずであり、これは主に偶然誤差である。こうした誤差があるのだから、「血糖の濃度」と「血糖の濃度の測定値」とは少しばかり違う量なのであって、両者は区別して考えなければならない。

臨床検査として得られるのは、あくまで「血糖の濃度の測定値」であり、これが「血糖値」と呼ばれる量なのだと思うが、医学的に重要なのは「血糖の濃度」の方である。血糖の濃度が高ければ、それによって advanced glycation end products (AGE) が産生され血管傷害を来すかもしれないし、腎などの臓器障害を来すかもしれぬ。「血糖の濃度が高いから」障害を来すのであって、「測定値が高いから」障害を来すのではない。つまり、これに対する治療の標的は「血糖の濃度を下げる」ことであって「血糖の濃度の測定値を下げる」ことではない。測定値そのものには生理的本質がないのだから、測定値は治療効果の目安にはなっても、治療標的そのものにはなり得ないのである。

何を言いたいのかというと、「血糖値を下げる薬」という表現はおかしい、ということである。血糖値は測定値に過ぎず、病態の本質ではないのだから、せめて「血糖を減らす薬」と言わなければならない。


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