これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/10/09 レボフロキサシンの投与方法 (2)

レボフロキサシン錠の投与量は、通常、成人に対しては一日一回 500 mg である。では、レボフロキサシンを点滴で経静脈投与する場合、どうするのが適切であるか。

薬理学を修めた学生であれば、一日一回投与、量は経口投与の生物学的利用能を 500 mg に乗じたもの、と答えるであろう。生物学的利用能というのは、投与された薬物のうち、どれだけの割合が体循環に入るか、という割合のことである。経口投与の場合、薬剤の一部は腸管内で代謝されたり、あるいは消化管から吸収された後に肝臓で代謝されたりして、体循環に入る前に消失する。これに対し経静脈投与であれば、投与した薬物の全量が体循環に入る。従って、経口投与の生物学的利用能は、通常は 100% よりも低い。たとえば経口投与の生物学的利用能が 80% の薬物の場合、500 mg を経口投与するのと 400 mg を経静脈投与するのは同等であると考える。

レボフロキサシンの添付文書によれば、経静脈投与であっても、経口投与と同様に一日一回 500 mg が基本とのことである。これは生物学的利用能が 100% であることを暗に意味しているが、本当に、そうなのだろうか。経口投与と経静脈投与で同量を用いることに違和感をおぼえない者は、薬理学の勉強が足らぬ。

レボフロキサシン錠の生物学的利用能は、はたして、どの程度であるのか。インタビューフォームの記載によれば、国内におけるレボフロキサシン 500 mg 単回投与試験において、経口投与では AUC 50.86 +- 1.02 μg hr/mL, 経静脈投与では AUC 51.96 +- 1.75 μg hr/mL であった(+- の値は標準誤差; インタビューフォームには標準偏差が記載されているので、そこから私が計算した。)。これを用いて生物学的利用能を計算すると 97.88% +- 3.84% となる。この値をみて、素人であれば「生物学的利用能は概ね 100% だから、経口投与と同量を経静脈投与しよう」と考えるかもしれぬ。しかし生物学的利用能が 98% と推定されているのならば、経静脈投与における投与量は経口投与の 98% の量, つまり 490 mg とするのが妥当であろう。なぜ、10 mg も余計に投与するのか。500 mg の経静脈投与は合理的根拠を欠いているように思われる。

諸君は患者から上述のような内容を質問された場合、責任を持って答えられるだろうか。「製薬会社が、そう言っているから」などという、無責任な回答を、していないだろうか。薬剤投与の最終的な判断責任、つまり処方権は医師にあり、製薬会社にはないということを、忘れてはいないだろうか。

ここから先は完全に想像で書くのだが、上述のような不可解な用法が添付文書に記載されているのは、厚生労働省による認可の過程に問題がある。「既存薬と同等であった」と主張する場合には認可がおりやすいのに対し、「既存薬と少しだけ違う」と主張する場合には、判断が厳しくなるのではないか。上述の例であれば、統計誤差が 4% もあるのだから、生物学的利用能を 98% と評価して 10 mg を減らす根拠としては不充分だ、となるのかもしれぬ。無論、この理屈はおかしい。統計誤差の 4% を問題視するのであれば、経口投与と経静脈投与が同等であると主張するのも難しく、500 mg 経静脈投与を行うべきではない、と主張するのが筋である。

実際のところ、500 mg 経静脈投与が採用された経緯を、私は知らぬ。しかし、少なくとも公開されている情報からは、科学的根拠が乏しいままに薬剤の投与量が決められたものと考えられる。


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