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2019/10/08 レボフロキサシンの投与方法 (1)

昨日の記事で、エドキサバンの用法が薬理学的に不合理であることを述べた。しかし権威に逆らうことを嫌う医師の中には、私が述べたことに対して次のように反論する者がいるであろう。すなわち、用法を簡単にすることで、飲み忘れや、用量間違いのリスクを減らすことができるから、患者の利益になる。だから、糸球体瀘過量に応じて複雑に投与量を変えるような複雑なことはするべきではない、という具合である。無論、これは話にならない。全ての患者に画一的な投与方法を適用する必要はない。複雑な用法に対応できる患者には複雑な用法を適用し、それが難しい患者には、簡単な代わりに効果不充分や有害事象のリスクが少し高い用法を適用すれば済むだけのことである。

さて、エドキサバンのような不自然な用法が添付文書に記載されている例は少なくない。たとえば抗菌薬のレボフロキサシンである。レボフロキサシンは DNA ジャイレース阻害薬であるが、これの殺菌効果が何によって規定されるかは、難しい。インタビューフォームでは「キノロン系抗菌薬の治療効果には血中 24 時間 AUC と MIC の比が相関し」と書かれているが、実際にはそれほど単純ではない。

薬理学や細菌学に疎い人のために AUC や MIC について説明しておこう。AUC というのは Area Under the Curve のことである。ここでいう the Curve とは、横軸に時間、縦軸に薬物血中濃度をとったグラフのことである。「このグラフの曲線より下の部分の面積」が AUC であって、数学的にいえば薬物血中濃度の時間積分にあたる。同一薬物について投与方法の差異が患者に及ぼす影響について議論する場合、AUC は患者血中に投与された薬物総量を反映する、と説明されることが多い。「患者血中に」というのは、生物学的利用能が考慮されている、という意味である。ただし AUC が投与量を反映するのは、薬物動態が一次速度論に従う場合、つまりクリアランスが一定である場合に限られるのであって、実際の患者においては厳密には正しくない。一方、MIC というのは Minimum Inhibitory Concentration のことであって、その抗菌薬が、その細菌の、増殖を抑制するために必要な最低濃度のことである。日本語では最小発育阻止濃度などと呼ばれる。

つまりレボフロキサシンのインタビューフォームによれば、治療効果は総投与量だけで概ね決まるのであって、分割投与しようが一日一回投与しようが、大して違いはない、というのである。これは、最高血中濃度の高低や、血中濃度が MIC を超えている時間の長短は、治療効果にほとんど影響しないことを意味している。ただし、この記載の根拠となっている Drusano らの報告 (Antimicrob. Agents Chemother. 40, 1208-1213 (1996).;インタビューフォームでは直接引用されておらず、Antimicrob. Agents Chemother. 43, 672-677 (1999). を介した孫引きになっている。) によれば、治療効果が AUC で決まるのは最高血中濃度があまり高くない場合に限られる。これは、最高血中濃度が高い場合には、感染した細菌中に少量存在するレボフロキサシン耐性株にも効果が期待できるからである、と考えられている。また、Drusano らは「血中濃度が MIC を超えている時間の長短」は治療効果との相関が乏しい、と主張しているが、彼らのデータはサンプル数が少ないために統計誤差が大きく、そのように結論するには不充分であるように思われる。実際、論文中で彼らは誤差評価をしておらず、信憑性が乏しい。ともあれ、現状ではレボフロキサシンの場合、総投与量が同じであれば分割投与する利点がないと信じられているため、臨床的には一日一回投与が基本とされている。

さて、レボフロキサシンは当初錠剤として販売されたが、後に点滴用製剤も販売された。問題は、点滴用製剤の投与量である。が、そろそろ長くなってきたので、続きは次回にしよう。

2019.10.09 語句修正

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