これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2019/09/10 医療者の安全について

少し間があいてしまった。統計の話を続けたいのだが、その前に、今日は臨床医療における安全確保の話をしよう。

医療者の中には、安全、特に感染防護について、意識の低い者がいる。たとえば患者体液の付着したものを触る場合や、触る可能性がある場合には、手袋を着用するのが常識である。具体的には患者の尿が入った容器を運ぶだとか、ガーゼを交換するだとか、あるいは注射針を刺すだとか、そういった場合のことである。また、患者血液が飛びはねる恐れがあるような処置や手術を行う場合には、フェイスガードやゴーグルを使用して自分の顔面を守るのは当然である。ところが、それが充分に実施されていないのである。

医療者の中には、手袋などの保護具を使用しない理由について「時間がないから」「急いでいたから」などと言い訳する者がいる。患者が急変し、それに咄嗟に対応したために、手袋やゴーグルを着用する余裕がなかった、などというのである。しかし、それは、理由にならない。

そもそも、本当に時間がなかったのか。手袋をつけるのは、5 秒でできる。ゴーグルも、事前に準備さえしてあれば 3 秒でつけられる。本当に、その 8 秒を確保することができなかったのか。その 8 秒が患者の生死を分けるなどという事態が、それほど頻繁に、あるものだろうか。

あるいは、患者が多すぎて 8 秒の時間も惜しい、と弁明する者もいるかもしれぬ。しかし、手袋を着ける時間すらないというのであれば、勤務体系がおかしいのであって、やはり、安全確保を疎かにする理由にならない。

そもそも、医師にも看護師にも、自分の身の安全を犠牲にしてまで患者を救命する義務はない。安全のために手袋を着用し、そのために処置の開始が 5 秒遅れ、結果として患者が死亡したとしても、それは医師の責任ではない。一方、手袋をせずに処置を行い、結果として自分がヒト免疫不全ウイルス (human immunodeficiency virus; HIV) に感染したとすれば、それは仕方のない事故ではなく、単に自身の不注意と怠慢による自傷行為に過ぎない。さらに、そのまま他の患者に HIV を感染させたとすれば、業務上過失致死傷であって、犯罪である。

患者が多すぎるというのなら、受け入れ患者を減らせば良い。病床の数を減らし、外来の枠を減らすのである。医師には応召義務があるが、医師や看護師の数が足りないなどの正当な理由がある場合には、診療を拒否することは違法ではない。むろん、諸君が善意や使命感から全ての患者を受け入れ、休日や余暇を削って診療に邁進するのは自由である。しかし、多くの患者を受け入れるために安全確保を怠り、結果として自身と周囲の人々を危険に曝すことは許されない。

そうは言っても、雇われ医師、雇われ看護師の身分では、どうしようもないではないか、と弁明する者もいるだろう。恥を知るべきである。医師として、看護師としての誇りを、どこに置いてきたのか。あるいは、危険を冒して患者のために尽くす自分に酔っているのか。


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