これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


博士崩れの医学日記 (2020 年度 1)

2020/06/22 胎盤形態異常 (3)

前々回前回とで、周郭胎盤と画縁胎盤について、襞の有無に基づいて区分する立場と、両者の区別を無意味なものとする立場とがあることを紹介した。なお、前回書き忘れたが、Benirschke の Pathology of the Human Placenta, 6th ed. では、前回紹介した 389 ページの記載に続いて

The term (註: circummarginate のこと) should be abondoned.

と明記している。

さて、この周郭胎盤であるが、胎児発育不全などと関連があるとする意見や、ほとんど関係ないとする意見、あるいは周郭胎盤は臨床的に重要だが画縁胎盤は病的意義が乏しいとする意見があり、はっきりしない。これらの意見は主として疫学的な調査に基づくものであるが、おそらく、周郭胎盤の定義が曖昧で、病理学的議論がないままになんとなく統計をとったため、報告者によって大きく異なる結論が得られたものと思われる。

周郭胎盤で胎盤辺縁部にみられるフィブリンについては、妊娠中に辺縁部出血を来したものが陳旧化して生じると考えられている。なぜ出血が生じるのか、とか、なぜ襞が生じるのか、といった形成機序には諸説あり、実際のところ、様々な原因で生じるのかもしれぬ。すなわち、周郭胎盤は何らかの出血を伴なう異常があったことを示す所見であって、それ自体が特定の疾患を意味するものではない。

おそらく、周郭胎盤を生じるような症例の一部では、母体に何らかの循環障害があって、その結果として胎盤辺縁部出血を来しているのであろう。そして循環障害があるならば、それが原因となって、胎児の発育不全であるとか、早期産だとかを来す恐れがある。結果として、周郭胎盤と胎児発育不全との間に相関がみられることになる。しかし、これは周郭胎盤が原因となって胎児発育不全を来したわけではない。

現在の産科学には不明な点が非常に多い。切迫早産や、いわゆる胎児機能不全の大半は、少なくとも病理学的には、原因不明である。ほんとうは、そうした異常な妊娠経過をたどった症例では、何らかの異常が痕跡として胎盤に残されているのであろうが、現在の病理診断学では、それをキチンと拾いきることができていない。周郭胎盤を、単なる形態異常としてしか診断できないのが現在の医学であって、その背景にある根本的な問題は、誰の眼にもみえていないのである。

出産というのは、そのように神秘的なものだということもできる。生命の誕生は神の領域であって、人間が立ち入るべきではない、とする意見もあるだろうし、その神秘に対する畏怖を忘れてはなるまい。しかし、生命と患者に敬意を払いつつ、その神秘のヴェールを取り払うのが、科学者であり、医学者である。


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