これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
医師や医学科高学年生であれば、コッホの 4 原則を知らぬ者はいないであろう。これは、ある微生物がある感染症の原因であると確定するための原則であって、吉田眞一他編『戸田新細菌学 改訂 34 版』(南山堂; 2013) の記載によれば、1) 一定の伝染病には一定の微生物が証明されること.2) その微生物を取り出せること.3) その取り出した微生物で実験的に感染させられること.4) 実験的に感染させた動物から同じ微生物が分離される.の 4 つである。正確にいえば、1) から 3) まではヘンレの 3 原則であって、コッホは、これに 4) を加えたらしい。
ヘンレの 3 原則は、ドイツの Jakob Henle が 1840 年に提唱したものであって、その文献はハイデルベルク大学図書館で公開されているらしい。ただし私はドイツ語が読めないので、この文献の解読に難渋しており、ヘンレの 3 原則の原文を確認してはいない。コッホの 4 原則は、同じくドイツの Robert Koch が 1890 年に唱えたものであり、これはRobert Koch-Instituts で公開されているようである。こちらも、まだ原文を確認してはいない。
これらの原則は、理論的な観点から考案されたものであるが、現実にこれらの原則を満足することは容易ではない。感染症学の世界的名著であるBennett JE et al., Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 8th ed., p. 11 (Elsevier; 2015). では
Traditional notions have been challenged, such as the ideas first put forth in Koch's postulates,whereby microbes were viewed as pathogens and as sole etiologic agents of infectious diseases.Such a ``foe'' view neglects our earliest sightings of oral and fecal microbes with Anton van Leeuwenhoek's microscopes,where it was observed that animalcules (microorganisms) reside in a symbiotic and likely mutually beneficial relationsihp with the host.
感染症についてのコッホの原則にみられるような伝統的概念には、問題がある。歴史的には、微生物は病原体としてみられ、感染症の単一の病因であるとみなされてきた。こうした微生物を「敵」とみなす視点は、そもそもレーウェンフックの顕微鏡で最初に口腔内や便中の微生物が観察された事実を無視してしまっている。すなわち、多くの微生物が口腔や腸管の中に住み、宿主と互恵的な関係を成立させているのである。
と述べている。すなわち、コッホの原則は「感染したから感染症を患う」という単純な関係の存在を暗に仮定しているのだが、現在では、実際の感染症はもっと複雑な機序で発症するものと考えられている。
とはいえ、ある微生物がある感染症の原因の一部を担っている、と主張するためには、コッホの原則を、厳密ではないにせよ満足する必要がある。たとえば、肺炎患者の喀痰から Mycoplasma 属菌が検出されたからといって、ただちに、その肺炎の原因が Mycoplasma 属菌であるとはいえぬ。別の原因で肺炎を来した患者に、たまたま、Mycoplasma 属菌が共生していたのかもしれない。
なお、上述の Mandell の教科書の最新版は第 9 版であるが、私は、この最新版が昨年出版されたことを知らなかったので、まだ入手していない。
近頃、世界中で話題になっている COVID-19, いわゆる新型コロナウイルスの話である。私は、このウイルス感染症についてのウイルス学的研究状況に全く追いついていないのだが、はたして、このウイルスが、近頃世界中で流行している肺炎の原因であるという学術的根拠は、あるのだろうか。よくわからない肺炎が流行していて、患者から、これまで知られていなかったウイルスが検出されたとしても、そのウイルスが肺炎の原因であるとはいえないはずである。
特に、これがコロナウイルスである点に注意して解釈する必要があるだろう。コロナウイルスは、いわゆる風邪ウイルスである。コロナウイルス自体は、昔から、世界中にいるし、私はこれまで何度もコロナウイルス感染症を患ってきたし、たぶん、読者諸君も幾度となくコロナウイルス感染を経験してきたはずである。そのようなありふれたウイルスについて、これまで知られていなかった型がみつかったとしても、それが病因であると確定するのは容易ではなかろう。
たとえば、この COVID-19 感染者は、本当に、ここ数ヶ月で世界的に増加したのだろうか。世界中で報道されている「感染者数」というのは、検査されて陽性となった患者の数に過ぎない。実は昔から、全人口の 5% 程度は COVID-19 陽性であった、などという可能性は、否定できているのだろうか。
これを書いている現時点では、時間の都合で、具体的な文献引用をできないのだが、米国で無症候の一般大衆について抗 COVID-19 抗体検査を行ったら5% 程度が陽性であった、という内容が、少し前に報告されていたように思う。この抗体陽性者数が、経時的にどう変化するかを追跡すれば、COVID-19 が本当に流行しているのか、それとも昔から存在している by stander のウイルスが病因と誤認されているのか、はっきりするであろう。