これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2020/04/13 倫理を守る

慶應義塾大学病院の研修医が、自粛要請に従わずに懇親会を開催し、COVID-19 感染者を出した、という内容が文春で報道された。これに伴って、大学当局も「お知らせ」に文書を掲示している。この文書では、大学当局は当該研修医の行動について「今回の初期臨床研修医のとった行動は、患者さんを守るべき医療者として許されない行為であり、医師としての自覚が欠如していたと言わざるを得ません。」と述べ「初期臨床研修医には引き続き厳正な注意と指導を行ってまいります。市中感染が急速に拡大する中、医療者としての行動規範をより一層周知徹底し、再発防止に努めてまいります。」としている。ただし、この大学からの発表は「新型コロナウイルス感染症に関する当院の状況について」という文書の一部で触れているのみであり、この事案を単独で公表したものではない。また、事案が判明した時点で公表したわけではなく、文春の掲載日である 4 月 6 日になってからの発表である。このあたりをどう解釈するかは、個々の国民が考える問題であって、慶應とは無関係な立場である私がここに書くべきではあるまい。

また、中日新聞などが流した共同通信発のニュースによると、この事案に関連して日本医師会の会長が「医療倫理の基本は人々の生命と健康を守ること、そのために自分の生活を律することだ」として、「医療者として倫理を守ってほしい」と述べたらしい。つまり、件の大学の研修医連中の行為は非倫理的だ、と非難したわけである。私自身は、研修医修了などといってハメを外して大騒ぎする人種が好きではない。しかし、彼らの行動が非倫理的である、という批判には、賛同いたしかねる。私は、会長の発言の全体を読んではいないのだが、具体的に、どの部分が非倫理的であると判断されたのであろうか。

大学当局の文書では、具体的にどの行為が、どういった理屈で「医療者として許されない行為」であると判断されたのか、述べられていない。読者の中には、「そんなの、あたりまえじゃないか」と思う人もいるかもしれないが、それならば、その「あたりまえ」を言葉で説明していただきたい。

まず「どの行為が問題なのか」という点を考える。「多人数で会食したこと」自体が問題なのか、それとも、その会食が「大学当局からの自粛指示に反して」行われたことが問題なのか。前者なら、わからなくもない。昨今の世界的な COVID-19 の流行をふまえれば、この状況で多人数による会食をすることは公衆衛生的に、まずい。それなのに、そのような懇親会を開催するとは、彼らは公衆衛生学を修めていないのではないか。医師として不適格である。そういう内容の非難であるならば、私も賛同する。ただし、それならば医師として不勉強なだけであって、非倫理的であるとはいえない。

大学当局からの文書では、明記されていないものの、文章全体の流れからすると、どうも「大学当局からの自粛指示に反して」行われたことを問題視しているようにみえる。当局が再三自粛指示しているのに、それを無視して懇親会を強行したことはけしからん、という論調である。もし、それを問題視しているのならば、それは会長が言うような「非倫理的」な行動とはいえない。我々は大学の奴隷ではない。この状況における懇親会が職務の妨げになるならば、それは大学当局からの指示に従わなければならないが、それは職務契約上の問題に過ぎず、倫理の話ではない。

そもそも、日本医師会に倫理を言われること自体、納得できない。日本医師会は、一部の医師らによって組織されている団体であるが、医師を統括する団体ではないし、医師全体を代表する立場でもなく、むろん、私は加入していない。この日本医師会は、日本医師連盟なる政治団体と表裏一体である。日本医師連盟は、会員から多額の会費を徴収し、主に政府与党への高額な政治献金を行っている。その一方で、保険診療の診療報酬改訂では、より「適切」な内容に改訂するよう提言を行い、かなりの程度、実現されている。名目はどうだか知らぬが、実態としては、診療報酬改訂と政治献金とは、共軛関係にあると考えるのが自然である。政治献金というのは、形式的には、みかえりを求めない善意の寄附だということになっているが、それを本気で信じている者はいないであろう。それが、倫理を言うのか。

2020.04.15 誤字修正


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