これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2020/06/03 Intention-to-treat (3)

Intention-to-treat 解析にあたって問題になるのが、データの欠落 (missing data) である。たとえば、割り付けが行われた後に一切受診しなかった患者がいる場合、それをどう取り扱うか。5 月 29 日に紹介した COVID-19 に対する remdesivir の臨床試験の中間報告 (DOI:10.1056/NEJMor2007764) の場合では、こうした患者 (原文の記載では no data after baseline) は解析から除外されている。全くデータがないのだから、評価のしようがなく、除外しても構わないだろう、という立場と思われる。これはこれで合理的であるようにもみえるが、前回や前々回に述べたように最大限の猜疑心でみた場合、これも不正な解析であって、modified intention-to-treat の類とみることができる。というのも、従来薬やプラセボ群に割り付けられた軽症患者や、新薬群に割り付けられた重症患者について、試験に参加していない医療機関に紹介するなどして試験から脱落させてしまえば、都合の良い結果を誘導できるからである。

そもそも intention-to-treat 解析の考え方は、研究者側にとって最大限不利な条件で解析する、というものである。Intention-to-treat であれば、新薬群と従来薬群のそれぞれに、新薬を飲んだ患者と従来薬を飲んだ患者が混在することになるので、仮に新薬の効果が高かったとしても、その差が「新薬群と従来薬群の差」としてはみえにくく、つまり「有意差なし」になりやすいのである。こうした不利な条件で解析しても、なお新薬群の方が有意に優れているという結果になれば、その結果は信用しても良いだろう、という論理である。

最大限不利な条件で解析する、という考え方からすれば、データの欠落 (missing data) がある患者については、次のように処理するのが理想的である。すなわち、新薬群でデータが欠落した患者については、最後に受診した直後に死亡したとみなす。一方、対照群でデータが欠落した患者については、最後に受診した直後に回復したとみなす。このようにデータを取り扱うと「新薬群の方が治療効果が高い」という結果は、かなり出にくくなる。それでもなお新薬群の方が有意に優れていたならば、それは信頼できる結果であるといえよう。

実際のところ、キチンと管理された臨床試験であれば、データの欠落はそれほど高頻度には起こらず、この「最大限不利な条件の解析」でも問題は生じないと思われる。上述の remdesivir の臨床試験でいえば、missing data で除外された患者数は remdesivir 群で 541 人中 3 人、プラセボ群で 522 人中 1 人に過ぎないのである。もし、missing data の頻度がもっと高ければ、こうした厳しい条件での解析は困難になるであろうが、そのように高頻度に missing data が発生するような臨床試験は、そもそも信用ならぬ。


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