これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2020/05/29 Remdesivir と COVID-19

The New England Journal of Medicine に 5 月 22 日付で掲載された Remdesivir for the Treatment of Covid-19 --- Preliminary Report という報告(DOI:10.1056/NEJMor2007764)について述べよう。これは、COVID-19 治療薬としての remdesivir の有効性を調べた二重盲検ランダム化比較対照試験の中間報告である。この報告によると、remdesivir 群はプラセボ群に比して回復が早かったようである。ただし、致死率には有意差はみられていない。

この中間報告を全体としてみれば、まぁ、少しは効きそうな感じであるが、劇的に有効というほどでもない、という印象を受ける。大雑把にいえば、1 割から 2 割の患者において、回復が早まっているようなのである。ただし、これは臨床試験の内容を素直に受け取った場合の話である。試験に参加した人々が、純粋に科学的好奇心から、remdesivir が有効かどうかを知りたい、と思っているなら、そのように素直に受け取って良いであろう。しかし実際には、製薬会社を中心として莫大な経済的・社会的事情が絡んだ臨床試験である以上、参加者のほとんどが「remdesivir が有効であってほしい」と願っているであろう。はたして、この臨床試験において、ほんとうに盲検性やランダム性が担保されているのだろうか。

ごく普通の医師を含め素人の中には、二重盲検ランダム化比較対照試験の信頼性を過大評価している者が少なくない。「臨床試験の結果、そうだったのだから、それは正しいのだ」という論調で、試験結果を鵜呑みにするのである。しかし現実には、「盲検」と称していながら実際には盲検化が不充分であったり、ランダム割付しているようで実はランダムでなかったり、あるいは解析方法が不適切で恣意的な結果が誘導されていたりすることが、稀ではない。

たとえば、俗に降圧薬と呼ばれる、血管平滑筋を弛緩させる薬剤について、心筋梗塞のリスクを下げるかどうかを調べる二重盲検プラセボ対照の臨床試験を行ったとする。患者も医師も、本当の薬剤を飲んでいるのか、プラセボを飲んでいるのか、知らされていない状態で臨床試験を行うのである。しかしこの場合、血圧を測定すれば、自分が本当の薬を飲んでいるのか、プラセボを飲んでいるのかは、すぐにわかってしまう。だから、本当に盲検化するならば、血圧測定を禁止しなければならないのだが、それをせずに、つまり実際には盲検化できていないのに、二重盲検と主張されることがある。

「ランダム割付しているようで実はランダムではない」事例の代表は、封筒法による割付である。これは、中に「新薬」とか「プラセボ」とか書かれた紙が入った封筒をたくさん用意しておいて、各々の患者をどちらの群に割り付けるかを決める際、封筒を無作為に一つ選んで開封し、中に書いてある内容によって決める、といったものである。これは簡便な方法であるが、現実には、不正な「選び直し」が行われやすいことから、まっとうな臨床試験では採用されない。「選び直し」とはどういうことかというと、製薬会社などにしてみれば、重症患者がプラセボ群に割り付けられ、軽症患者が新薬群に割り付けられると都合が良い。そこで、重症患者が「新薬」の封筒を引いてしまった場合、それを破棄して、別の封筒を選び直すのである。逆に軽症患者がプラセボを引いてしまった場合も、選び直すことが有効である。こうしたインチキが行われやすいので、封筒法の臨床試験では、しばしば、新薬群の患者数とプラセボ群の患者数が大きく乖離する。封筒法を用いた臨床試験は現在でも時々みられるようだが、そのような臨床試験の結果には、科学的意義がない。

「解析方法が不適切」な例は、いわゆる modified intention-to-treat 法である。実は私は、modified intention-to-treat 法なる解析法を知らなかったのだが、先日、懇意にしている某助産師から教えてもらった。これについては、長くなるので、別の機会に紹介することにしよう。

とにかく、臨床試験というのは、二重盲検ランダム化比較対照試験だから信頼できる、などという単純なものではない。冒頭に挙げた中間報告についても、故意か偶然かは知らぬが、結果に重大な影響を与えかねないバイアスは存在する。

特に気になるのはベースラインの患者状態であって、人工呼吸管理や ECMO による補助を受けている患者数は、Remdesivir 群で 541 人中 125 人、プラセボ群で 522 人中 147 人と、プラセボ群の方が多くなっている。これが本当にランダムに割付を行った結果の偶然による偏りなのか、何者かの作為による結果なのかは知らぬが、とにかく、結果として重症患者はプラセボ群に多くなってしまっている。さらにいえば、そもそも両群の人数が 19 人もずれているのは、どうしてだろうか。このあたりについての考察は、報告中に記載されていないようである。


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