これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2021/02/11 人権 (3) --- 職業選択の自由

COVID-19 の流行に対する「緊急事態宣言」で、飲食店などの夜間営業の自粛などが要請されている。これに対し 2021 年 2 月 13 日に施行される「新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律」の第 45 条第 3 項では、都道県知事が「政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者」に対し「当該施設の使用の制限若しくは停止」などを「命ずることができる」としている。具体的には、飲食店の営業時間短縮などを命令できる、というわけである。この命令は、憲法が定める職業選択の自由 (営業の自由) に対する不当な侵害ではないのか。

「自粛の要請」は、あくまで自粛を要請しているに過ぎない。その要請を受け入れるかどうかは、諸君が自由な意思に基づいて決定すべきことである。要請に従うのが模範的で善良な市民の態度だ、というわけではない。諸君は政府の指揮命令に従って生きているのではなく、むしろ、政府が主権者たる我々国民のために奉仕しているのである。決定するのは各々の国民であって、政治家ではない。要請を拒否したからといって、非難されるいわれはない。

ところで「職業選択の自由」とは何か、という点について、若干の補足を要するかもしれない。ここでいう「職業選択」というのは「医師になる」「大学教員になる」「サッカー選手になる」というような漠然とした枠組だけを意味するのではなく、いわゆる「営業の自由」を含む、というのが憲法学における通説である。「営業の自由」というのは、たとえば「医師として診療行為をする」「大学教員として講義を行う」「サッカー選手として試合に出場する」というような具体的な営業活動を行う自由、という意味であって、これを憲法第 22 条は保証しているのである。だから、たとえば私が政府に批判的で生意気な態度を取っているからといって、法律で「君が医師になるのは職業選択の自由として認めるが、その反政府的な態度が気にいらないから、診療は一日一時間以内に限る」などと決めることはできない。私が医師免許を持っている以上、私が診療行為をするのは、公共の福祉に反しない限り、私の自由である。それが憲法の保証する「職業選択の自由」なのである。

同様に、たとえば飲食店が夜間に営業するのも、職業選択の自由の範疇である。公共の福祉に反しない限り、経営者は、自由に夜間営業できる。ただし、たとえば閑静な住宅街において深夜に酒場を営業されると、周辺住民の安寧が脅かされるので、そういう場合には「公共の福祉に反する」として営業時間の制限などが課されることは、ありえる。

では、COVID-19 の流行下において、飲食店の夜間営業は、公共の福祉に反するのだろうか。飲食店で、友人や家人と楽しく会話しながら飲食すれば、多少の唾液は飛散するので、多少の感染リスクには、なるだろう。大人数なら危険で少人数なら大丈夫、ということはなく、飲食する時点で、多少のリスクはある。あたりまえのことだが、昼なら大丈夫で夜は危険、ということはない。強いていえば、大人数で密接して大騒ぎするような店の中には、夜間のみ営業している店もあると思われるが、それは店の営業内容の問題であって、営業時間の問題ではない。統計によっては、「夜間の飲食店では感染リスクが高い」ということを示せるであろうが、統計というのは、とりかたによって、かなり任意な結果を出せるので、それ自体では科学的根拠として不充分である。

要するに、飲食店の夜間営業が感染リスクを高める、という科学的根拠があるわけではない以上、夜間営業が公共の福祉に反するとはいえない。それを、緊急事態宣言だの蔓延防止等重点措置だのといって、職業選択の自由を制限することは、違憲である。自粛要請でさえ際どいのに、「禁止」「過料」というのは、憲法上の根拠を欠いている。それにもかかわらず、まるで国民の自由を制限する権限を政府や国が持っているかのような前提で議論や法令改正が行われているのが日本の現状である。

感染症学や公衆衛生学の専門家の中にも、感染拡大防止のためとして、強制力のある移動制限や営業制限を支持する者がいる。彼らは、法学や憲法学については素人であり、自由と人権には関心がなく、自分の専門分野のことにしか興味のない偏狭な学者なのであろう。

なお、時間帯を問わずに「飲食店の営業自体が公共の福祉に反する」として、営業自体を全面禁止するのであれば、一応の筋は通るかもしれない。とはいえ、そこまで厳しい規制は現在のところ検討されていないようなので、その妥当性については、ここでは議論しない。

2012.02.12 加筆訂正
2012.02.13 語句修正

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