これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
日本国憲法は、移動の自由や職業選択の自由について次のように定めている。
第 22 条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
これは、昨日引用した大日本帝国憲法 (旧憲法) 第 22 条と比べると「法律ノ範囲内ニ於テ」という部分が「公共の福祉に反しない限り」と変更されている。つまり、健全な社会運営を妨げるような場合については法令によって職業や移転を制限することができるが、それ以外の場合には、法律によって職業や移転を制限することはできない、という意味である。
移動の自由というのは、たとえば、国内旅行をする自由のことである。諸君は、いつでも好きな時に、旅行することができる。それを憲法が保証しているのである。その自由を法律によって制限することができるのは、諸君の旅行が公共の福祉に反している場合に限られる。
そこで問題になるのは、COVID-19 が流行している現在において、諸君が娯楽目的で旅行することは公共の福祉に反しているかどうか、という点である。「迷惑だから」「もしかすると感染を広げるかもしれないから」だけでは、公共の福祉に反しているとはいえない。
たとえば、煙草に関係する職業がある。煙草農家とか、煙草を製造する工場とか、煙草の小売店とかである。私は喫煙しないが、私が住んでいる日本海沿岸の地方都市では街中での歩行喫煙が多くて、非常に迷惑している。煙草の煙や匂いが不愉快であるし、ひょっとすると、受動喫煙で肺癌になるかもしれない。喘息患者の場合、受動喫煙によって喘息発作が惹起され、場合によっては生命が脅かされる。つまり私を含め少なからぬ善良な市民が、煙草によって迷惑を被っているだけでなく、具体的な健康被害の恐れもある、といえよう。
それでも「煙草の生産は公共の福祉に反する」とまでは、いえない。公共の福祉というのは、売春とか、違法薬物の販売とか、そういう、直接的に明白に社会の健全性を損ねるものをいう。単に「迷惑である」という程度は、互いに受忍すべきものであって、職業の自由を制限するものではない。
もし諸君が COVID-19 を罹患しており、現にウイルスを撒き散らしていることが明白であるならば、その状態で旅行することは公共の福祉に反するといえよう。しかし、感染しているかどうかもわからない状況で、「ひょっとすると」というだけの根拠で、諸君の旅行を妨げることは、できない。
だから、政府は「自粛を要請」するのみであり、移動を禁止することはできないのである。ついでにいえば、昨日引用した旧憲法第 31 条にあるような「国家事変ノ場合」の特例も日本国憲法では廃止されている。だから、たとえ戦争が起ころうとも、国家存亡の危機であろうとも、いかなる非常事態であろうとも、公共の福祉に反しない限り、諸君の移動の自由や職業選択の自由は保証されるし、それを法律で制限することはできない。