これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2021/04/21 人権 (6) --- 強制入院

一月以上の間隔があき、私も医師 6 年目に入った。少しばかり心のゆとりができたので、日記を再開しよう。

書きかけになっていた、医療における人権侵害の話である。

本来、医療を受けるかどうかの決定権は、専ら患者本人が有する。しかし例外的に、本人の意思とは無関係に強制入院させられることがある。

典型的なのは精神疾患患者に対する医療保護入院や措置入院などである。措置入院というのは「入院させなければ精神障害のために自身を傷つけまたは他人を害するおそれがある」患者に対し、都道府県知事の権限により強制入院させるものである。また、医療保護入院は、自傷・他害のおそれはない場合に、家族等の同意に基づいて強制入院させるものである。両者のうち措置入院は、患者本人や周囲の人の生命・身体を守るための緊急避難として、道義的にはやむをえない面もある。しかし医療保護入院は、どうであろう。どうして、自身の意思とは無関係に、家族等の判断で入院を強制されなければならないのだろうか。

これらの強制入院の道義的根拠は次のようなものであろう。「一部の精神疾患患者は病識が乏しく、入院を拒否することが多いものの、その入院拒否自体が疾患の症状によるものである。もし疾患がなければ、本人も治療のための入院に同意したであろうから、強制入院は患者の利益を損ねない。」

むろん、この「道義的根拠」は合理的であるとはいえない。措置入院や医療保護入院は、裁判所等による命令なしに、知事や医師の判断により患者を幽閉する「奴隷的拘束」であり、つまり憲法第 18 条の定める「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。」という規定に反しているのではないか。もっとも、日本の裁判所は立法府の裁量をかなり広く認める傾向があり、よほど明確な憲法違反でない限りは「違憲」との判断を下さないから、いまのところ、措置入院や医療保護入院も違憲と判断されたことはない。とはいえ、憲法の理念からいえば、これらの強制入院は不当な人権侵害と考えるべきであろう。なお、欧州などでは、この種の強制入院には裁判所による命令を要するのが普通であるらしい。

さて、COVID-19 患者の場合は、いかがであろうか。たとえ患者であっても、自宅等で適切に療養していれば、他人に感染させる恐れはほとんどない。上述の精神疾患の例に比して、道義的根拠も薄弱なのである。それを、本人の意に反して強制入院させるのは、不当な人権侵害ではないのか。それにも関わらず、一部の人々は「感染制御に有効だから」というだけの理由で、強制入院を正当化しようとする。人権についての議論が、存在しないのである。

なぜ我々は、日本国憲法を制定する際に、旧憲法にあった「法律ノ範囲内ニ於テ」「法律ニ依ルニ非ズシテ」といった表現を削除したのか。有事の際に、「その方が都合が良いから」という理由で人権が制限されることを避けるためではなかったのか。諸君は、それほどまでに、公のために個を犠牲にする社会を望むのか。それほどまでに、戦前戦中のような、治安維持法に「守られた」社会への回帰を望むのか。

ついでに書くと、病院は診断や治療を行うための施設であって、患者を隔離する目的で使うのは適切でないのだが、その点についても議論がない。いったい、医師や看護師や技師らの高額な人件費をはじめとして、入院に要する諸費用を、誰が負担するのだろうか。

2021.04.23 語句修正

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