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ワクチンの話を書いたついでに、COVID-19 そのものについても書いておこう。
日本においても海外においても、COVIC-19 はそれほど怖い疾患ではない、と主張する人々が少なからず存在する。一方、高齢者などが感染すると死亡のリスクが高い、などとして、死に直結する恐ろしい疾患であると考える人も少なくないようである。はたして、実際は、どうなのだろうか。
COVID-19 が個々の患者に対して実際にどれだけ恐ろしい転帰をもたらすかについては、「いまのところ、よくわからない」とするのが適切であると、私は考える。
「コロナは怖くない」派が指摘しているように、現在の「COVID-19 による死者数」の発表は、あまり信頼できない。というのも、SARS-COV-2, いわゆる新型コロナウイルス陽性患者が肺炎などに罹患した場合に、それが COVID-19 であるのか、それとも誤嚥性肺炎など他の疾患にたまたま SARS-COV-2 感染が合併したのかを、鑑別することが困難だからである。
もし COVID-19 が致死率の高い疾患であるか、あるいは罹患率の低い疾患であるならば、問題は簡単である。「別の原因で死亡した人が、たまたま COVID-19 を合併していた」ということは稀だと考えられるからである。しかし現実には、COVID-19 は致死率が低く、罹患率は高い。その場合「無関係な原因で死亡した人が、たまたま無症候性ないし軽症の COVID-19 を合併していた」という事例が、かなりの頻度で存在するはずである。
はたして、本当に COVID-19 が原因で死亡した人は、どれだけいるのだろうか。信頼できる統計がないので、本当のところは、誰にもわからないのである。
個々の症例について、それが COVID-19 による死亡なのか違うのかを正確に判定することは極めて困難である。従って、患者が死亡した場合には全て「COVID-19 による死亡」に含める、というのも、実務上はやむをえない。やむをえないが、しかし、それでは、COVID-19 の恐ろしさを正しく評価することができない。
そこで威力を発揮するのが、疫学、統計学である。広島県が 70-80 万人を対象とする大規模な PCR 検査を実施するとの報道もあったが、当局の発表によると、情勢の変化もあり、とりあえず部分的に施行するらしい。疫学の観点からは、当初の予定通り 80 万人規模の検査が実施されれば、たいへん有益な情報が得られるであろう。というのも、こうした大規模検査を行えば、無症候の一般大衆のうち、どれだけが PCR 陽性となるかを推定することができる。すると、「適切な比較」を行えば「SARS-COV-2 陽性の死者」のうち「無関係な原因で死亡したが偶然 SARS-COV-2 陽性であった」人の割合を評価できる。
たとえば、無症候の一般大衆のうち 5% が検査陽性であったとする。一方、ある地域である期間に死亡した人の数が 1 万人であり、そのうち 600 人が SARS-COV-2 陽性であったとする。このとき、「無症候の一般大衆のうち 5% が検査陽性」という事実から、「COVID-19 とは無関係な原因で死亡した人が 1 万人いるとき、そのうち 500 人は検査陽性である」と推定される。従って、細かな端数は近似してしまうことにすれば、SARS-COV-2 陽性の死者 600 人のうち 500 人は「無関係な原因での死亡」と考えられ、本当に COVID-19 が原因で死亡した人は 100 人、と見積もることができる。この推定では「どの 100 人が COVID-19 で死亡したのか」はわからないが、COVID-19 による死亡率を推定するには有益である。この推定法は、統計学の分野で false discovery rate (FDR) と呼ばれる統計量を Benjamini-Hochberg 法で推定するのと本質的には同一であるので、統計学に興味がある人は調べてみると良い。
ただし、この Benjamini-Hochberg 法を疫学に適用するのは、実際には容易ではない。というのも、死亡するような人は大抵、何らかの基礎疾患を抱えているのであって、無症候性の一般大衆とは背景が大きく異なる。たとえば、全身状態不良で免疫能が低下している人は一般大衆より SARS-COV-2 に感染しやすい、あるいは感染すると発症しやすい、ということがあるかもしれぬ。その場合、一般大衆における「5%」という値を、死亡した人にそのまま当てはめて良いのかどうか、疑わしい。従って、先に述べた「適切な比較」というのが、具体的にどうすれば良いのか、よくわからないのである。あるいは、恣意的に調整することで、COVID-19 を原因とする死者数を敢えて多くみせかけたり、逆に少なくみせかけたりすることが、できてしまう。だから正確な評価は困難なのであるが、それでも、検査陽性者をそのまま「COVID-19 による死亡」とみなすよりは、いくぶんマシな推定ができるであろう。