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2021/02/15 mRNA ワクチン (2)

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私はいまのところ、今回臨床的に用いられている mRNA ワクチンの詳細について、開発元が発表した論文を読んでいない。あくまで mRNA ワクチンの総論として、理論的に考えられる問題を述べる。

脂質二重層などの小胞に mRNA を投与してヒトに投与した場合、特別な工夫をしなければ、その mRNA は体内の様々な細胞に取り込まれるであろう。というのも、脂質二重層は細胞膜と親和性が高いので、小胞と細胞とが融合することは難しくないからである。たぶん、これらの小胞の多くは樹状細胞やマクロファージと呼ばれる細胞に貪食されるのであろうが、血管内皮細胞やその他の細胞も、適切な条件が揃えばエンドサイトーシスによってこうした小胞を取り込むであろう。今回の mRNA ワクチンが、この点について特別な工夫をして、特定の細胞に選択的に取り込まれるようになっているのかどうかは、知らない。

樹状細胞やマクロファージが小胞を取り込んだ場合には、製薬会社が期待するような現象が起こる。つまり、それらの細胞の中で mRNA が翻訳され、ウイルス特有の蛋白質が生成される。この蛋白質は細胞表面に class II HLA と共に提示され、リンパ球の活性化などを引き起こすのである。

この class II HLA とは何かについて、簡潔に述べておこう。樹状細胞やマクロファージは、体内に侵入した「異物」を認識して貪食する、とされる。ここで、何をもって「異物」と認識するのだろうか、と疑念を抱いた人は、科学的センスが豊かである。この部分の説明は本筋から逸れるので割愛するが、正確には「異物」を認識しているわけではなく、特定の構造を持つ物質を認識しているらしい。

「異物」を貪食した樹状細胞は、その「異物」を断片化し、一部を自身の細胞膜表面に提示する。この際に、異物だけを提示するのではなく、ヒトの場合は class II HLA と呼ばれる蛋白質に「異物の断片」がくっついた状態で提示されるのである。さて、白血球のうちリンパ球と呼ばれる細胞は、こうした「class II HLA と『異物の断片』との複合体」を認識し、「異物の断片」を標的と認識する。リンパ球のうち、B リンパ球あるいは B 細胞と呼ばれる細胞は、この「異物の断片」に選択的に結合する蛋白質を産生する。この蛋白質のことを免疫学者は「抗体」と呼んでいる。こうして産生された抗体は、ウイルスなどの外来病原体を排除する際に役に立つ。

さて、mRNA ワクチンとして投与された mRNA が、樹状細胞やマクロファージ以外の、たとえば血管内皮細胞に取り込まれた場合、どうなるだろうか。血管内皮細胞の中で、mRNA の翻訳が行われ、ウイルス特有の蛋白質が産生されるであろう。こうして産生された蛋白質の一部は、class I HLA と共に、細胞表面に提示される。樹状細胞の場合は class II であったが、今度は class I である。この class I HLA は、ヒトのほとんど全ての細胞に発現している。

通常、この class I HLA が威力を発揮するのは、その細胞がウイルスなどに感染した場合である。ウイルスに感染した細胞は、細胞内でウイルス蛋白質を産生し、ウイルスの複製を行うのだが、その際にウイルス蛋白質の一部が class I HLA と共に細胞表面に提示される。すると「キラー T 細胞」などと呼ばれるリンパ球の一種が、この感染細胞を「排除すべきもの」と認識し、感染細胞が細胞死に至るように働きかけるのである。血管内皮細胞などの一般的な細胞がワクチン由来の mRNA を取り込んだ場合、こうした「通常のウイルス感染の際に生じるプロセス」が発動し、細胞死が惹起されるであろう。

長くなってきたので、続きは次回にしよう。


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